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世良兄弟仇討譚 長月の夢喰い(獏)・4  

獏(ばく):体は熊、鼻は象、目は犀、尾は牛、脚は虎にそれぞれ似ているとされるが、その昔に神が動物を創造した際に、余った半端物を用いて獏を創造したためと言われている。
人の悪夢を喰う。




6年前。

かつて、城代家老の席に着いたばかりの坂崎采女の息女、一粒種の静(しず)と、瀬良の遺児、弥一郎は親も許した恋人同士だった。
まるで男雛、女雛のよう……と周囲が言うように、大層可愛らしい一対は、仲良く睦みあい時を過ごしていた。
庭先でざるを仕掛け、雀をとるのだといって米をまき、笑いあう二人の姿は御伽草子の絵のように微笑ましかった。
「まあ。弥一郎さまは剣ばかりではなく、雀を取るのもお上手なのですね」
ざるに捕らえた子雀を見つめて、静は可愛いと声を上げた。
「静どの。この雀、いかがなさる?小者が酒の肴に欲しいと言うて、待っておりまする。」
「まあ……。この、雀を食べてしまうのですか?」
静は悲しげに問うた。
「左様。可愛らしくとも害鳥なれば、仕方がないな。静殿も、ここは諦めて……おっと」
そういいながら、弥一郎はざるの端をうっかりと引っ掛け、雀を逃がしてしまった。
「あ。雀が!」
「これは、したり」

「すまぬ、せっかくの肴を逃がしてしまった。代わりにこの銭で一杯飲んでくれ」
小者に頭を下げながら、嬉しげに逃げる小雀を追う静に向かって、やわらかく微笑む弥一郎はさりげなく静の嫌がる殺生を止めたのだった。

瀬良家当主亡き後、禄を失った瀬良家は一族郎党散り散りとなった。
髪を下ろし尼となった妻女以外、家人共々、好きな弥一郎の行方も分からなくなったとき、お静は身も世もなく、愛しい弥一郎の名を呼び泣いた。
母の慰めも、耳に届かないほど泣き濡れた。
弥一郎を護る何の手立ても持たない我が身がただただ恨めしく、恋人を無残にも無役に追い込んだ父を怨んだ。

やがて、11の年から早6年の歳月が過ぎ、匂うような娘盛りを迎えたお静はもうすぐ花嫁御寮となる。
心の傷もやっと癒え、前を向いて歩こうと思い始めた矢先の事だった。
誂えの嫁入り衣裳の数々を呉服屋に合わせにきたお静は、ふと店先で懐かしい横顔を見たような気がした。
「今のは……もしや……?」
まさかと思いながら、連れて来た腰元に先に店に入るようにと促した。
足早くその場を去ろうとする浪人者に、必死で追いつき声をかけた。
「弥一郎様!?」
聞き覚えのある声に、深編み笠の浪人らしき侍が、ほんの少し笠の縁をあげた。
一瞬の視線の絡みに、はっとしすぐに笠の中に顔を隠した浪人者に、武家娘は身分も忘れ駆け寄った。
「まあ、本当に?弥一郎様、お懐かしい。国許にお帰りになっていたのですね。わたくし、静でございます」
「これは、お静殿……」
別れた時より六年を重ね、驚くほど冴えた美貌のかつての許嫁に、眩しげに浪人は目を細めた。
より凛々しく、雄雄しくなった美貌の武士を眺める娘の視線も熱かった。
京人形の頭師が、面を写したいと言って拵えた対の人形は、今も密かにお静の宝物だったのだ。
「変わらぬな、静殿。間も無く婚礼の儀と聞き及んだ」
清々しい笑顔を向けられお静の胸が、とくんと跳ねた。
「あなたさまこそ。静は、ずっとあなたさまに、お……逢いしたかった。弥一郎さま」
はらはらと溢れた滴に驚いて、思わず弥一郎はお静の顔に見入った。
「……自分でも諦めが悪いと、承知しているのです。なれど、弥一郎様は静にお別れもせずに、突然にどこかに行ってしまわれたのですもの。あれから静の胸には、ぽかりと大きな深い孔があいてしまいました」
「……静殿」
顔を覗き込み、そっと大切に肩を抱くと弥一郎は、何気なく涙を吸った。
「これから幸せになる花嫁御寮が、いかがした。涙は禁物じゃ。お静どの、無役のわたしのことなど、さっさと忘れてお終い。ね。」
「弥一郎さま」
見つめる静の濡れた瞳に、密やかに甘い恋情が宿っているのを弥一郎は見逃さなかった。
「弥一郎も、父さえ存命なれば、婚礼の席に……美しいそなたの隣に、夫として座したかったが……いや、女々しい未練よと、お笑いくだされ。今更どうにもなり申さぬ」
そのまま立ち去ろうとする浪人の袖を、静が引いた。
「行っては嫌です」
「しかし……」
元より引き裂かれたような二人、一気に熾き火に火がついたとしても無理はない。
お静は、弥一郎の手を取るといきなり大通りを行く空駕籠に押し込み、耳元に告げた。
「そのお姿はご城下では、目を引きます。向島に静のばあやが住んでいるのを、覚えていらっしゃいますか。すぐに、すぐに静も参ります。ですから、そこにいて。弥一郎さま。決してどこにも行ってはいや。居なくならないで」
焚き染めた娘らしい香に鼻をくすぐられ、覚悟を決めて頷いた弥一郎だった。

婚礼前の、かつての恋人は分かれたときと同じように天真爛漫に明るく、弥一郎は腹を括ったように見える。
だが、偶然の出会いのように見えて、今日の出会いは周到に計算されたものだった。
遠目に、笹目と月華がさりげなく様子を伺っていた。
ついと腕を伸ばして、お静の袂を引くと弥一郎は思いを込めて、口を吸った。






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