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世良兄弟仇討譚 月影の鵺 4 

鵺(ぬえ):暗い森の中にすみ、夜、ヒーヒョーと笛を吹くような寂しい声で鳴く。
または、伝説上の妖力をもったばけもの。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、正体ははっきりとはしない。




白洲に敷かれたわらむしろに手をつき、役者風情、河原者よ、と罵られている「吉沢笹目」の姿があった。
「その方、訴によると、船宿に夫のいる身の妻女を引き込み、色事に耽ったとあるがいかが?」
「……この身は潔白でございます。不義密通の覚えはございませぬ」
「うむ、左様か」
町奉行は、勘定奉行に頼まれて密かに内偵を勧めたが、手をつく役者に何の不都合もなかった。
そればかりか、死んだ勘定奉行の内儀の内腿を、密かに養生所の女医師を呼んで改めさせたが精を放った様子もなく、その場に伏した女形は細腰のどうみても人を殺めたりはできないような優男だった。
「北町奉行様。この吉沢笹目、天地神明に誓って、人を殺めたりは致しておりません。ご贔屓様のお呼び出しと有って、その場に出向きは致しましたが、腹が下ったため、わたくしその場からすぐに退出したのです。……お奉行さま、どうぞお調べください……」
必死に縋る役者の瞳は濡れ、膝が割れるのも構わず、袖に縋ろうとして来るのは、嗜虐の虫を持つ町奉行にはたまらなかった。
「誓って、何もして居らぬというのじゃな」
「はい、はい……お奉行様、三文役者の、この細腕で一体何ができましょうや」

吉沢笹目は身を振り絞り、白洲にはらはらと落涙した。
形ばかりのお裁きに、老女と月華も呼ばれ、奉行は調書を取らせていた。
「ただのう、吉沢笹目とやら。実は貴殿に関わって亡くなった妻女と言うのは、勘定奉行様の愛妾でな」
「まあ……」
声を上げた後、真っ白い顔を直白くして、よよと泣き崩れた花形役者の悲嘆のさまは、その場にいた内儀の乳母の老女すら味方につけた。
「お奉行さま。このお方と、奥様はお顔をあわしただけでございますよ。この婆もお傍にいたのですから。ねぇ」
「あい。婆さま」
老人班の浮くしなびた老女の手を握る月華と二人、涙を浮かべて奉行に迫った。
「どうぞ、この上は勘定奉行様にお引き合わせくださいませ。わが身の潔白、直に気の済むまでお調べいただきとうございます。月華が、亡き母上に良く似た面差しだと言って泣くので、つい傍において先に帰ったのです」
「あい。兄上さまのいうとおりです。言うことを聞いて月華も一緒に小屋に戻ればよかった……月華の母上さまに似て、たいそう美しゅうて、大好きでしたのに……お気の毒な奥方さま」
とうとう、あ~んと声を上げて泣き出してしまったいたいけな美童の涙に、奉行は奥の間で静かに沙汰を聞いている勘定奉行のほうを見やった。

たんと襖が両側に開き、思わず平伏する笹目と月華であった。
「その方等、済まぬ。どうやらわしの考え違いのようじゃ。生来頑健な女子であったゆえ、そこもとを疑ったのだ」
見上げる美貌の兄弟の姿に、はっと胸を突かれたような奉行二人が静かに視線を絡ませた。
白洲に足を落とすと、砂の上に歩を進め笹目の顎についと手をかけた。
「美々しいの。役者は望まれれば、誰とでも肌を合わすというが、その方等もそうか?」
笹目は艶を含んで目元を流した。
「……遠く猿楽の昔から、歌舞音曲に携わるものは神の声を聞くものです。人の声を汲み上げ、お沙汰をするお奉行様。もしお望みでしたら、この笹目、神の依り代としてお役に立ってご覧に入れます」
「ならば、来い。今、一度取り調べる。」
「……あっ」

そのまま笹目は奥座敷に監禁され、表向き「取調べ」と言う名の、激しい愛欲の加虐を受けた。







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