FC2ブログ

小説・約束・44 

才覚のない、続木家の傀儡当主を相場の世界に引きずり込み、全てを失うように持って行くのは容易いはずだ。
何しろ、最初は面白いように、投機は成功するのだから。
金は、天から降り注ぐように入ってくる。
まるで世界を従える覇者となったかのように、打つ手は全て上手く行く。
だが、成功に有頂天になったころ、大久保の勧めた取引は、一つ転ぶと小さな雪玉がどんどん大きくなるように、金が必要になる仕組みだった。
はじめは余りに損益が小さすぎて、気が付かないのだ。
だがそれはやがて、「蟻の一穴」となって屋台骨を崩壊させる。
親切を装って高利で金を貸し付け、財産が尽きた頃、金に換わりやすい高級なものから取り上げてゆく。
大久保伯爵は、がんじがらめになった相手の、身動き取れない様子を眺めて楽しむ、最悪の加虐者(サディスト)だった。
しかも、人当たりの良い善人の振りのできる残酷な男だと、祖父は語った。

「どうして、そんな男を知っているんですか?」

「友人だった。」

そのまま良平をじっと、見つめる。

「子供の頃、蝶の羽根をむしって飛べなくしておいて、蠢く様を見るのが何より好きだと笑っていたよ。」

良平の頭の中で、羽根をもがれた飛べない蝶が凛斗になって・・・ぞっとした。

「色々あって、悪魔のような男だと気づいて離れたが、向こうはわたしが離れた理由を分かっていないだろう。たまに、生まれながらにしてそういう輩もいるのだ。」

「覚えておくといい。そういう狡猾で頭のいい男は、まるでこの世の者とは思えないほどの、美しい天女か如菩薩のような顔をしているんだ。」

こんなに長く、話をする祖父を珍しいと思った。
盗んだ金を少し戻してやっては、それ以上のものを奪うのが大久保の手口だ。

「・・・どうやら、おまえの拾った猫も、借金の「かた」になっていたようだな。」

祖父がよこした紙片は、換金された商品の目録だったらしい。
そうそうたる美術品の名と金額が並ぶ。
眼の端に、達筆で書かれた「生き人形・一体500円」の文字。

「生き人形?」

廃屋で耳に入った男爵と凛斗の会話の中で、聞きなれない言葉に違和感を持った。
・・・あれはたぶん、凛斗のこと・・・。

「連れて逃げて、正解だった。良平」

「羽根をもがれる所だった。」

祖父の目は、少し潤んでいた。

「話は、大久保と直接つけてきたから、もう安心しなさい。」

叱られるか、殴られるかと思っていたので、思わず腰が砕けそうになった。

「え・・・?え・・・?」

佐藤家当主は、良平に向かって頭を下げた。

「良く助けてくれた。礼を言う。あれは・・・手放した後、良輔が死んでも死に切れないと悔やんだ、友人からの大切な預かりものだ。」

驚くことが多すぎて、良平は呆然としたまま自室に戻った。
考えることが山積みだったが、とりあえずもう凛斗をいじめる奴が居無くなったのは確かだった。
良平の蒲団で、静かに寝息を立てて眠る凛斗の顔を見て少し安心した。
部屋の外に気配がした。

「良平。」

「お母さん?」

四国の水が合わないのだろうか。
ここに着てからの母は、自室に殆ど籠もりっぱなしで、最近は朝の食事の時に顔を合わすくらいだった。

関連記事

0 Comments

Leave a comment