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世良兄弟仇討譚 月影の鵺 2 

鵺(ぬえ):暗い森の中にすみ、夜、ヒーヒョーと笛を吹くような寂しい声で鳴く。
または、伝説上の妖力をもったばけもの。頭は猿、胴は狸、尾は蛇、手足は虎、正体ははっきりとはしない。




意地悪な兄の所業に、目もとを朱に染めて笹目は少し拗ねて背中を向けた。
達せない滾り(たぎり)は、灰の中の熾き火のように内側から身を焦がす。
華やかな衣類を着付け、ぐいと女子の着物のように奥襟を抜いてやりながら、逢う前よりも濃くなった色香に兄は満足していた。
仇を落とすには、これでいい。口を貪った後、わざと目立つように、首筋に紅く花弁の形の吸痕を付けた。
「夜通しかけて、お奉行様のご妻女を色の闇に落としておやり。いい声で啼くんだよ、笹目」
「はい……兄上。必ず」
一瞬ふらついて、薄情な兄に放てぬ高まりを押し付けて、瓏たけた美貌の弟は涙ぐんでいた。
爛れた色を振りまくように、紫のお高祖(こそ)頭巾で顔を包んで、笹目は江戸で今一番の人気の役者「吉沢笹目」になった。
「月華は、どうしている?待ち合わせているのではなかったか?」
「あれに」
敬愛する上の兄に、決して幼い茎に色をつけてはいけないと言われ、幼いままの薄桃色の茎を護るため、耳を押さえて兄達の睦むのを見ずにやりすごそうとしている、けなげな月華だった。
身体を丸くして俯いた、小さな影が障子に映る。
「月華はいつになったら笹目にいさまのように、弥一郎にいさまに可愛がってもらえるのですか。」
「きっともうすぐだ。辛抱おし」
くすと笑って、美貌の役者がほんの少し亀頭の丸く膨らんだ幼い茎に、口を寄せた。
ずぶと全身を飲み込まれ、絡ませた熱い舌に悲鳴が漏れる。
「ひぃっ。いやぁ、笹目にいさま。やぁっ、気をやったら、弥一郎にいさまに叱られるぅ」
「では、このままにして置くか?」
「あ、ん。ひどい、ひどい……笹目にいさまの意地悪」
可愛らしいものをふるふると揺らして、月華が焦れた。
小さな尖りを握りこんでふうっと息をつき、懸命に落ち着かせる姿が、年の離れた兄二人にはひたすらに愛おしかった。
その姿は酷く稚かったが、迸る天性の邪な色香は隠しようもない。
尊い菩薩をいたぶるような稚児遊びを知るものならば、過去に討った仇のように、おそらく身代をなげうってでも手に入れたいと望むだろう。
それほど清らかで無垢、そして邪悪な月華の容姿と心根であった。

咲き誇る華とも思える美貌の役者は、何か思ったようで目配せし、兄も頷いた。
行く道で、話して聞かせれば良い。
月華は、聡明な子鬼の顔で提灯を取り上げた。
奉行の妻女の名は、「妙」という。
水茶屋などではなく、笹目は妙と豪奢な船宿を借り切って対面することになっていた。

「お妙(たえ)さま。お初に御目もじいたします」
「……おぉ、待ちかねましたよ」
ずいと膝を進めて「奥様」と、老女にたしなめられ、勘定奉行の妻女は少しばかり恥らった。
「女形ゆえ、そなたは女言葉を使うのですか?まこと、姿絵から抜け出たような麗しの太夫よなぁ。」
「恐れ入ります」
流麗な所作で、希代の花形役者「吉沢笹目」は顔を上げた。
稀有な美貌でありながら、女子のように柔和な柔らかい儚さではなく、硬質な五月の花、剣の葉先を持った菖蒲(あやめ)の姿を思い起こさせた。
「いかに美しくとも、やはり女子ではありませんね。舞台を降りたそなたには、まろみがない。むしろ、凛々しく見えます」
まるきり女子にみえるような仕様はいくらでもあったが、敢えて今の笹目は、男の風情をまとった。
凛々しく涼やかな眦で、斜に妻女を見上げた。
「役者なれば、女子にも男子(おのこ)にもなりましょう。なれど、麗しいお内儀さまの傍に寄っても良いのでしたら、笹目は男でいとうございます。」
綺羅と妻女の伏目が光り、ほっと吐息をついた。
「周囲に継妻(けいさい)などと呼ばれても妾(めかけ)は、妾。悲しいことです」
「御内儀さま」
「今は妙……と」
「お妙さま」
そっと懐にかき抱き、甘い口を吸った。
長い口吸いに、うっとりと胸に倒れこむ妻女に、笹目はこの上もない極上の微笑を寄せる。
「お可愛らしい、お妙さま。この河原者の胸に収まる華奢さに、お奉行様もお惹かれ遊ばしたのですね」
「そなたの物言い……身をやつしているが、出自は武家か?」
それには返事をせず、部屋の外に「月華」と声をかけた。
「あい。笹目さま」
「まあ、愛らしい。先ほど躍っていた迦陵頻伽(がりょうびんか)?」
その衣装は妻女も堪能した、笹目の前座の稚児舞の衣装であった。
月華は先には胡蝶の役だったが、今は極楽浄土で歌う顔は人、身体は鳥の美しい装束を身につけていた。
「あっ」
可愛らしい稚児がじっと顔を見つめていたのが、ふいにほろほろと声も上げずに頬を濡らした。







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