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杏樹と蘇芳(平安) 17 

平安のころの話である。




館の主、山椒大夫は説明のつかない苛立ちにさいなまれていた。
原因は分かっていた。
弟、次郎は、何が気にいったのか館に売られてきた杏樹という少年に入れこんでいる。
確かに見目良い童子ではあったが、その美童の持っている何かが太夫の気に障るのだった。
杏樹と蘇芳という兄弟二人、人買いに騙されて屋敷に連れてこられた時からそうだった。
杏樹は迷うことなく身を棄てて弟を守り、自分だけが責めを負うと真っ直ぐに答える。
涼やかな顔の余りに正しい眼差しが、人買いに金の小粒を渡し兄弟を手に入れた自分を責めているような気がして、無性に腹が立つのだ。

凛と顔を上げて、神仏の加護を信じないのか?と自分に問うて来たのに苛立ち、女子(おなご)に飢えた奴婢どもに引き渡した。
おそらく夜通し、日ごろ内に溜めた不満や鬱憤を、華奢な肢体にぶつけられただろう。
さすがに心身ともに傷付いて、自分を恨み泣き伏しているだろうと想像がつく。
この世に神仏の加護などどこにも無いと、過去の悲しい事件以来、山椒大夫は思っていた。

美しい妻と、結婚してやっと授かった一粒種。
山椒大夫は、たった一夜の戦で全てを失った。
襲われた妻の亡骸は、山椒大夫の手元に戻って来た時、もう人としての姿すら保っていなかった。
裂かれた着物は、汚れた布きれになり山椒大夫の愛した美しいうりざね顔は、血に染まり苦悶の表情を浮かべていた。引きむしられた豊かな黒髪も、流れた血でむき出しの乳房に張り付き固まっていた。
束の間の幸福を与えた挙句、全てをもぎ取り水泡に帰してしまったのが、これまで信心してきた神仏の功徳かと山椒大夫は嘆いた。
愛するものを守れなかったわが身を呪い、山椒大夫は慟哭した。

そしてその日以来、山椒大夫は変わってしまったのだ。
山椒大夫と名を聞けば、周囲は畏怖し恐怖するようになった。
人の皮を被った悪鬼と呼ばれようとも、平然と冷酷無比な非道を続けた。
争いが終わった後も、戦で敵対した相手方を決して許さなかった。
捕らえた農夫を奴婢に売りとばし、女も子供も片っ端から奴隷商人に引き渡した。
遊び女として連れて行かれる母親は、乳房を求めて泣く赤子の顔に、泣きながら水で濡らした紙を貼り付け命を奪った。
去りゆく女が「鬼畜生」と叫び、唾を吐く。それでも、顔色すら変えなかった。
女子を見れば妻を思い出し、赤子を見れば愛し子を思い出す。
里から女子が消えてから十数年余り経ち、やっと辛い記憶が薄まってきた所に現れた杏樹は心を騒がせた。

次郎の部屋の前で、山椒大夫はなんというべきか迷っていた。
おそらく倒れ伏している美童に、なんと声を掛けるべきか……
そっと様子を伺うと、人の気配に気づいた杏樹は薄く目を開け起き上がろうとした。
「もう、懲りたであろう?」
「お……館、さ……ま。……つっ……!」
起き上がろうとし、身体の痛みに小さく悲鳴が漏れた。
「神仏などは、お前を守ってくれないと、今度こそ良く分かっただろう?」
山椒大夫の言葉を默って聞く杏樹に、意を得たりと思ったのだろう、片頬を上げた。
「いいえ……、天は……神仏は、全てをご覧になっております」
「うぬは、そのような目にあっても、まだそういう事を言うのか?」
襟首を掴まれ、強く前後に搖すられた。
知らず、気付けが緩み着物がはだけた。
許してやろうと思ったが……と、山椒大夫は頑なな杏樹を、次郎の布団に叩きつけた。
「もう良い。お前はまだ懲りておらぬようじゃ。今すぐ起きて、塩を汲め。このような場所でぬくぬくと寝るのは許さぬ」
「兄者!何という無体なことを。この姿を見て、何も思わぬのか。杏樹は、熱があって粥も啜(すす)っておらぬのに」
「……良いのです。次郎さま……」
布団から体を起こそうとして、杏樹はその場に倒れこんだ。
「杏樹!」
「次郎。奴婢を甘やかすのも大概にしろ」
はだけた着物から肩口が覗き、白い肌に零れる5枚の赤い花弁が、目を引いた。
「杏樹の背をよく見ろ、兄者」
「背?なんだ?」
次郎は杏樹の前に回ると着物をずらし、白い背中を見せた。
「見ろ!この赤い痣に、見覚えがあるだろう?兄者!」
「……!」
山椒大夫が目を剥き、杏樹の背中を食い入るように見つめる。
一歩、一歩と、よろめきながら近附くと、膝をついた。

「まさか……。香月(かつき)の背に有った痣と似ておる……?」
「14年前、杏樹は由良川の川下で、父御に拾われたそうじゃ。蓋のある長持ちにしっかりと隱されて、川面を下って来たらしい」
「由良川だと?香月が野犬に食い殺された場所だ」
「遺骸の見つかったのは、義姉上のものだけじゃ。義姉上は大層、知恵のある方だったから、香月を長持ちに入れて流したのではないのか?杏樹は父御に川べりで拾われたと言っていた。」

幾つもの符号があった。
妻の着物には両袖がなかった。
「そうじゃ、杏樹。守り袋を持っておるか?」
「はい。これに……わたしが入っていた長持ちの中に敷かれてあった布地で、母上が作ってくれたものです」

亡き妻に良く似た顔で、杏樹がじっと山椒大夫を見つめていた。







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