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杏樹と蘇芳(平安) 13 

平安のころの話である。




月明りの下、杏樹は蘇芳の眠る奴婢の小屋へと入った。
皆、きつい労働に泥のように眠り、杏樹の気配には誰も気が付かない。
「蘇芳……」
汗ばんだ額に、張り付いた髪をそっと払ってやる。
何も知らない蘇芳に永の別れを告げ、杏樹は懐から金無垢のご本尊、観音様をそっと取り出すと弟の懐へと忍ばせ願いを口にした。
「どうぞ、蘇芳をお守りください。蘇芳がかぶるすべての災厄は、わたしにお与えくださいますように」
もう二度と会えないかもしれない愛おしい弟の、顔をまぶたに焼き付けて杏樹は奴婢の小屋を後にした。

翌日、粗末な朝餉を取った奴婢が、それぞれの仕事に取り掛かる。
蘇芳もまた、背負い梯子を背に萱を刈る為に、山へと向かった。
塩の仲買人は、山の中腹に配下の者を潜ませ、蘇芳が来るのを待っていた。
丈の高い萱を刈る蘇芳を手招きし、用意した新しい着物を手渡すと、親子の旅人のようにして、一目散に山を下った。
「杏樹殿に頼まれたのだ。さ、早う、父御のところへ届けて進ぜる」
「真でございますか……?」
夢のような心持で、蘇芳が仲買人の船に藻塩と共に乗った。
船が陸地をかなり離れたころ、見覚えのある商人が、首尾の上々を告げに来た。
「良かったのう。どうやら追っては来ぬようだ」
蘇芳は晴れ晴れとした顔で聞いた。
「商人さま。このような日が来るとは思いもよりませんでした。兄上はどこなのですか。兄上に早く会いたいです。」
「杏樹殿は、居られぬ。この船は蘇芳殿だけを乗せて奥州へ行く」
「兄上!」
蘇芳は踵を返し、迷うことなく船べりへと向かった。
思わず、海に飛び込み里へ帰るつもりだった。
「これ!何をする」
「兄上を残し、蘇芳だけが父の所へ参るわけには参りませぬっ!わああぁーーーーっ!」
板子の上に泣き伏した蘇芳を宥めて、商人は杏樹の決意を告げた。
蘇芳が復職した父親の元で、一人前になり自分を迎えに来るまできっと待つと、杏樹は伝言を残していた。
気休めのような言葉に、蘇芳は顔を上げた。
杏樹の火傷を癒やした懐の観音像に、思わず涙があふれる。
「兄……うえ……っ……」
おぼろげに聞いた兄の声、あれは夢ではなかったのだ。

『どうぞ、蘇芳をお守りください。蘇芳がかぶるすべての災厄は、わたしにお与えくださいますように』

潮風に弄られながら、蘇芳は遠くなってゆく稜線を眺めた。
必ず戻ってまいります、どうぞそれまでご無事でと、船べりを掴み叫んだ。

「兄上――――っ!!杏樹兄さまーーーーっ……」







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