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杏樹と蘇芳(平安) 11 


平安のころの話である。




「塩の仲買人が都からお越しじゃ。挨拶せよ」

広間に呼ばれて、杏樹はかしこまっていた。
悪い予感は当たるものだと、内心密かに思っていた。
藻塩の販路拡大の為、次郎は船に乗り遠く越後の方まで出かけていたから、しばらく館には帰らない。
山椒大夫があえて遠くへ行かせたと、杏樹は思っていた。
絡みつくような、山椒大夫の視線に、どんな思惑があるのか杏樹にはわからなかったけれど、里の住人以外の人間と接触する機会を、密かに待っていたのだ。
広く都まで商売をする仲買人なら、讒言(ざんげん)によって流された父の噂を聞いているかもしれないと思う。
そして、この里の地形を聞き出し、いつかこの地から弟、蘇芳を逃がし父の元へとやるつもりだった。

「杏樹。客人のもてなしをせよ」
既に白酒の入った客人は赤鬼のような顔になり、女子の居ない館に来てつまらぬと思っていたから、杏樹の酌に素直に歓声を上げた。
瓶子(ヘイシ、白い壺型の器)を傾ける杏樹の白い腕を、袖を引き上げ商人は撫でた。
「おお、これは、鄙(ひな)にも稀な美形ではないか!麗しいのう」
「こやつは次郎のお気に入りじゃ。次郎が留守だから、ちょうど良かった。思うさま抱いて旅の憂さを晴らせばよい。客人に気に入ってもらえて良かったのう、杏樹。」
杏樹は顔色を変えたが、取り乱すような愚かさは持っていなかった。
「……杏樹と申します。商人さま、遠路はるばるのお仕事、ご苦労様です」
行儀よく手をつき挨拶をすると、着替えてまいりますと言って、少女の風情で退出した。
杏樹が出て行ったあと、酔った顔を山椒大夫にぐるりと向けて、塩の仲買人は歪んだ笑みを浮かべ、「思わぬ馳走じゃ」と、嬉しげにごちた。
女子はいないが、接待くらいはできる、楽しみにして下されと館の主は、客の耳朶に告げたのだ。
田舎の泥臭い塩汲み女などに、これまで情を掛けたこともなかった商人は、清浄な1輪花を手折る楽しみを思い浮かべ、ぐいと杯をあおった。

井戸端で水を汲む杏樹に、山椒大夫は声を掛けた。
「女子のように、隱れて肌を拭くのか?男(おのこ)ならば、下帯一枚になり水でも浴びればよかろう」
次郎のように、山椒大夫も杏樹の顔が不慮の死を遂げた妻に似ていると、気が付いていた。
奴婢としてかどわかされて来た時、今よりももっと幼く見えた美童は弟を庇い身を投げた。
思わず感心し助けてやろうとさえ思ったが、親の名を思い出して、山椒大夫は容赦なく鬼に戻った。
留守の屋敷を焼き打ちにし、最愛の妻子を奪った敵方の苗字だった。
役人とはいえ、いずれは郎党の端に名を連ねるものに違いないと、見逃すのはやめた。
山椒大夫は瀕死の家人を見つけ、妻の最期を知っていたのだ。

「奥様はご自分の命と引き換えに、和子様をお助け下さるように必死で、敵方の大将にお縋りしたのです。……あいつらが奥様を乱暴する間、奥様はずっとお館さまのお名を呼んでおいででした」
握りこぶしが紙よりも白くなっても、小者から真実を聞き続けた山椒大夫だった。
「和子様の首が絞められるのを見て、奥様はとうとう舌を咬まれたのです。ご立派なお最後でした。なのにあいつらは……今際の締め付けが生娘のようであったと、戲れ口を叩き……旦那様ぁ……どうか、奥様の仇を取ってください」
血涙を絞るようにして立ち上がった山椒大夫は、それから鬼人の働きで武功を上げる。

やがて自軍の大将が勝利し、この荘園だけではなく、里山一帯を領地として手に入れたのだった。
だが、山椒大夫はくびられた赤子が生きているとは知らなかった。
赤子の背には、濃い紅色の花弁形の痣があった。
井戸端で水を汲む杏樹の背にも、同じ痣がある。

杏樹は自分の出自に、薄々気が付いていた。
そして、ただ一つの切り札のある背中の痣を見られぬように、ぐいと襟を合わせた。






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