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杏樹と蘇芳(平安) 8 

平安のころの話である。




蘇芳を送った後も、杏樹は非力な弟が心配でならなかった。
屋根をふく材料の萱(かや)はそれ自体は軽いものだが、籠いっぱいに入れるとかなりの重さになる。
葉の縁で指を切りはしないだろうかと、気をもんだ。
「どうした、杏樹。蘇芳が心配か?」
杏樹は物言いたげな顔で、問いかけた次郎の方を見やった。
「夕刻にならないと、萱刈りは帰ってはこないぞ。荷車に山と積み上げて、牛が曳くほどの荷を作るのだ」
「はい。皆様の足を引っ張らないかと心配で……。鎌など、使ったことの無い子供ですから」
「そうか。まあ、心配するな。おいおい慣れるだろうよ」

杏樹は次郎が止めるのも聞かず、藻塩を作る手伝いをしたいと願い出た。
浜にでて、ホンダワラという海藻を籠に拾った。
山椒大夫の荘園では、都に送る藻塩を作るのを生業にしていたのだ。
塩を作る作業は過酷で、年寄りや子供にはとてもつとまらない重労働だった。
その為、必要な人手はどんどんと近隣諸国から安い値段で買いたたくようにして、さらって来た。
周辺の小さな戦の度に、山椒大夫は親の無い子供をかどわかしては奴婢とし、女は領地に入れずに売りとばした。

夏の暑い中でも、塩作りはごうごうと火を焚く。
杏樹や、若いものは取ってきた海藻を簀(す)の上に積みあげた。
いく度も往復し、汲んできた潮水を注ぎかけて、海藻に塩分を多く含ませる。
これを焼いて水に溶かし、その上澄みを煮つめて塩を生成する。 
過酷な作業に、人手はいくらあっても足りなかった。
幼いものは、塩汲みに泣いた。
肩に食い込む重い天秤棒を担いで、歩くのだけでも骨が折れる。
浜べから桶に水を入れ、屋敷に汲み上げるには一里も歩かねばならなかった。
一日に三杯の塩を汲めと言われて、蘇芳と変わらぬ少年が泣いた。
荒れた大地には、尖った小石がごろごろと転がる。
塩の重みで、石を踏めば足裏が傷ついた。

杏樹には次郎が草履を与えたが、ほかの奴婢は裸足だった。
足を痛めて泣く少年に、草履を与え杏樹は裸足で塩を汲んだ。
少しでも荷を軽くしてやろうと、杏樹は自分の桶になみなみと塩水を入れた。
「杏樹さま。ありがとう」
涙の跡がくっきりと残る少年に、杏樹は微笑み返した。
今頃、萱を刈る蘇芳は難儀な目に合ってはいないだろうか。

夕刻前、杏樹の不安が形になった。
萱を荷車に半分乗せただけで、急ぎ帰ってきた奴の頭が山椒大夫に告げた。

「蘇芳が、逃亡を企てました!」
「なんだと!」
「ご心配には及びませぬ。今、追っ手を向けましたので、すぐに捕まるかと。子供の足故、それほど遠くへは行かれますまい」
井戸端で夕餉の支度に水を汲んでいた杏樹は、奴頭に詰め寄っていた。
「教えてください。蘇芳は、どこで逃げたのです」
「杏樹殿。蘇芳は川べりで萱を刈っていたのだが、船に向かって何やら叫ぶとそのまま川岸を船を追って行ったのです」
「蘇芳……。母上の行方が心配だったのじゃな、可哀想に」

川の支流で、杏樹と蘇芳の母は船べりから身を投げた。
船頭ならば、母を助けたかもしれぬ。
蘇芳は、母の安否が知りたくて、わが身の事を忘れ船頭を追ったのだ。
杏樹は、その場で蘇芳の心を思い、はらはらと涙した。

逃げ出そうにも、山椒大夫の屋敷に連れてこられて日は浅い。
周囲の地理も何もわからない蘇芳に、すり鉢型の里から逃げ出せるはずがなかった。
捕えられた蘇芳は、縄目を受けて庭に引き出された。
「脱走の罪は重いぞ。蘇芳」
「うっーーーっ……」
荒縄の食い込む痛みに、蘇芳はただうめき地べたに転がっていた。
「他のものへの見せしめが必要じゃ。焼きごてを、火に入れよ」

その場にいた者すべてが、息を呑んだ。
山椒大夫は、蘇芳の額に奴婢の印をつける気だった。
奴婢を多く抱える山椒大夫の屋敷でも、印を付けられたものはそう多くはいない。
ただ逃亡を企てた者は、別だった。
額に「犬」と焼き印を押されたものは一生、奴隷の身から自由にはなれない。
一目でわかる所有印を付けられて、どこへ逃げようとも持ち主に知らせが行く。
運良く政情が変わり、すべての奴婢が解放されても印の入った者だけは、持ち主が変わることはない。
杏樹は焼きごてと聞き、顔色を変え次郎に縋った。
「次郎さま。お願いでございます。どうか、山椒大夫様にお口添えをしてください。」
「杏樹……」
「蘇芳は、母上が乗せられた船の船頭を見たのです。思わず追ってしまっただけです。子供が母を追うのに、何の罪科がありましょう」
杏樹は蘇芳の為に地べたに額をこすり付け、必死に請うた。
次郎は哀れに思ったが、山椒太夫は次郎ほど甘くはなかったのだ。
身内であれば、それはよくわかっていた。
「杏樹。気持ちはわからぬでもないが、奴婢の逃亡は重罪なのだ。兄上はもう火に焼きごてを入れておる。誰かにあれを押しつけるまでは今更、後には引くまい」
熱い焼きごてが、蘇芳の肌を焼くと思っただけで、杏樹は気を失いそうになった。
火に入れた焼きごてに水を掛ければしゅうしゅうと白い蒸気は上がり、それまで気丈に歯を食いしばっていた蘇芳は、押し付けられる痛みを想像し恐怖に気を失った。

「あっ……蘇芳!」
蘇芳を抱えて、杏樹は山椒大夫の足元に身を投げ出した。
「お願いでございます。このわたしに、杏樹に、蘇芳の焼き印をくださいませ」
必死の杏樹の様子に、山椒大夫は酷薄に笑うと肩口を蹴り上げた。
「焼くのはその、白い額ぞ。それでも良いのか?」
「構いません!弟の代わりに、どうぞわたしを!」
「ふむ……」
山椒太夫は、燃え盛る火の中から焼きごてを取り出すと、焼いたときに肉が付かぬように少量の酢を掛けた。
杏樹は、じっと山椒大夫の手元を見つめていた。







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