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小説・約束・42 

「坊ちゃん・・・?」

「お客様なんですか?」

「民さん。」

振り向いた良平と勝次は、きっと揃って今にも泣きそうな顔をしていたに違いなかった。

「この子、病気なんだ・・・可哀想でほっておけなかったの・・・」

浅い息を吐く凛斗をじっと見つめる、女中頭の民が味方になってくれたら、これほど心強いことはなかった。

「でも、誰にも言わないで。民さん、一生のお願いだから。」

「大切な、友達なんだ。お願いします!」

正座した二人、並んで胸が付くほど民に頭を下げた。

「洗面器に、地下水を汲んでくださいね。汲み置きじゃなくて、外の手押しポンプからですよ。その方が、冷たいですから。」

これまでおそらく見たことのないような、白い肌の綺麗な少年を、民はどう見たのかてきぱきと差配を振るった。

「坊ちゃんは、お部屋の寝巻きを持ってきてください。何しろこの病気は熱がちょくちょく出ますからね。」

「民さん、わかるの?」

「民は大旦那様の御言いつけで、若い頃診療所で、看護助手をしてたんですよ。」

余りにうれしくて、そして感動して、思わず良平は民に抱きついた。

「すごいや、民さん。お父さんの言ったとおりだ。」

「あら。若旦那様は坊ちゃんに、何ておっしゃったんです?」

「あのね。お母さんから聞いたんだ。一生頭が上がらない人だって言ってたって。」

「そうですね。何しろ民は、若旦那様の秘密も坊ちゃんの秘密も知っていますしね。」

思わせぶりな民の笑顔に、勝次が食いついた。

「ね~、秘密って何?」

「うわ~・・・民さん、勝次に言っちゃだめだよ。」

良平と明るく会話をしながら、凛斗の身体を拭き、着替えさせる民の手がふと止まった。
胸の病気がかなり進行しているのはわかったが、素人目に見たところ、幸いにも養生次第で直るような状態だと思う。
ただ、それよりもおびただしい全身の傷が気になった。
紫斑を伴った皮下出血は、殆どが治りかけていたが、民の想像通りなら例え良平の頼みでも、当主に秘密というわけにはいかなかった。
小さな村には、東京から来た良平や母親の知らない、噂ともいえない殆ど公然の秘密があったのだ。
噂だけでは済まないと思っているから、佐藤の家で働く者は、誰も長男の妻の出自を語らない。
その裏づけのない「公然の秘密」とは、こうだ。
芸者上がりの女が正妻亡き後、隣町の大地主続木家の後妻にまんまとはいり、異国帰りの長女を叩き出したらしい。
長女を追い出した後、身体のきかなくなった続木男爵の名前を、大久保伯爵との間にできた不義の息子に勝手に与えた。
叩き出された可哀想な続木のお姫様を、佐藤の若様が拾って妻にし、東京に向かった。
そんな物語を、密かに女達は口にした。
そして、異国から連れ帰った子供は取り上げられ、時を置かず後妻に苛め抜かれた挙句殺され、きっとこの先、続木の家系は呪われるだろう・・・と。
かわいそうな子供の遺体は、人知れず別荘の庭に埋められている。
だから、今も別荘には、浮かばれない可哀想な子供の幽霊が出るのだ。
だから、近寄らない方がいい・・・
そんな、良くできた噂話をまことしやかに井戸端で語るものは、多かった。
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