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杏樹と蘇芳(平安) 2 

平安のころの話である。




杏樹と蘇芳の父は、幼い頃から年の近い帝に寵愛されていた。
だが仕えていた帝が崩御し、政権の中枢にいた父は、政敵の謀略にかかりその地位を追われることになった。
帝の死を悼(いた)む間もなく、わずかな供だけを連れ、傷心の父は都を落ちてゆく。
父の乗る馬を追って杏樹はひた走り、必死で声を掛けた。

「父上――――ッ!父上――――っ!」

馬の背からふと振り返った父の目は、幼い兄弟と妻を思う切なさに潤んでいた。

「杏樹か。追ってはならぬと言い置いたのに」

父上と、杏樹は声を明るくして告げた。

「杏樹は必ず、母上、蘇芳と共に父上の元に参ります。どうぞ、父上もお力落としの無いように。わたしの、仮元服は必ず父上の元で行いますから、どうぞお待ちください」

必死に励まそうとする優しい息子を見つめて、父は言う。

「よいな、杏樹。神仏は見ておる。人を恨まず誰にも優しゅうするのだぞ」
「父上。これまで、血の繋がらないわたしをお育て下さって、ありがとうございました」
「なんの、杏樹!そなたのような良い子を持てて、父は果報者であった。すべて、神仏のお引き合わせぞ。さあ、この観音様をお持ち。きっと、お前を守ってくれるから」
「はい。それでは、父上。しばしのお別れです」

小さな金無垢の本尊を押し頂くと、杏樹は懐に忍ばせた。

杏樹は父に拾われた子供であった。
川上から長持ちに入れられて流れ着いたのを、父が見つけたのだ。
背中にある、濃い紅色の花弁形の痣が目印になって、すぐに親が名乗りを上げるだろうと思ったが誰も名のる者はなかった。
仕方なく着ていた物と肌身に帯びた守り札を持たせて、八方手を尽くし、市などでも親や身内を捜したがどこにも見つからなかった。
大きな戦で敗れた家中が、赤子の命を惜しんで川に流したのかもしれないと父は思い、それならばと実子にしたのだ。
まだ結婚したばかりで、まだ子もなかった妻は、喜んで杏樹を自分の子として育ててくれた。
ちょうど、里山には薄桃色の杏の花がたくさん咲いていたころで、杏樹という名前も妻が付けた。
利発な子供で、遊びの中で算道を覚え、父の説く儒教もよく勉強した。
両親に似てない自分に、なさぬ仲と気が付いていたのか、弟が生まれてからは兄として努めて自分を律していたように思う。
決してわがままを言わぬその心中を思い、父は時折哀れでならなかった。

父は荘園で働く、奴(やっこ)、婢(はしため)にも出来るだけのことをしていた。
何者かの陰謀の手に落ち職を解かれた時、誰よりも嘆いたのは使用人たちであったかもしれない。
悔しさに拳が白くなるほど握り締めて頭(こうべ)を垂れ、父は新しい主上(おかみ)の沙汰を聞いた。
周囲に並んだ新しい役付きは、これまで遠ざけられていたのを根に持って、新しい帝に悪口雑言吹き込んだのだ。

杏樹はやるせない父の心中を思い、母を思い弟を抱いた。
これまで育ててもらった恩に、まだ報いていないのにと唇をかんだ。

「兄上、どうして父上は、遠く筑紫の国へお出かけなのですか?蘇芳も父上のお馬に乗りたい。ご一緒したいのです。兄上。蘇芳も連れて行って下さるように、父上にお願いしてください」
「蘇芳、お母様が悲しむから、余り泣いてはいけないよ。お身体の弱い母上は馬には乗れないのだからね。ゆっくりと歩いて、三人で父上の元に参ろうな」
「あい」

蘇芳はけなげにも、涙を拭いた。

「母上が悲しむから、もう蘇芳は泣きません」
「そうか、えらいな。だが、わたしの胸では泣いても良いのだよ。ほら」
「あ、兄上っ……うぅっ……うっ……」

胸を開けてやったら、蘇芳はかき付いて、声を殺して静かに泣いた。
まだまだ、父母の恋しい年頃だった。







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