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小説・約束・41 

長年、淀んだ空気しか吸ってこなかった肺の奥にまで、新鮮な夏の草いきれが沁み込む。
自分より、3つも年下の良平と友人の背中をひたすら追った。
この背中を追ってゆけば、良平のようにお日さまの下で暮らせるのかもしれない、と思う。
見上げた空は、いつか幼い頃この洋館に来た日と同じように青い。
この空の下のどこかにいる懐かしい人も、凛斗と会える日を焦がれるように待っているのだろうか・・・
戦況は、悪化の一途を辿り、四国の大きな町にも空襲が始まった。
追っても、追っても、良平の背中は小さくなってゆく。
凛斗は焦ったが、草を掻き分けるのも骨が折れた。
覚えのある嫌な鉄の匂いが、胸に上がって来る・・・

「良平!」

良平の後を付いて走っていた勝次が、声を上げた。
凛斗は激しい咳が、止まらなかった。
両方の手を口許に当てて、小さく丸くなった背を二人で撫ぜた。

「ごめん、凛斗。ごめん。」

何故、初めからおぶってやらなかったのだろう。
そうっと歩くのさえ、大変そうだと知っていたのに・・・。
良平は固く眼を閉じた凛斗を、そっと背中に乗せた。
口の端に、擦ったように薄く血の跡があった。

「誰かに聞かれたら、東京から来た友達が気分が悪くなって倒れたって言おう。」

「わかった。」

「凛斗、走るから。背中でそのままじっとしてて。」

勝次と口裏を合わせて、近道のあぜ道を突っ切った。
どうか、誰にも会いませんように。
凛斗のかぶった帽子を、勝次が落ちないように押さえて、走った。
背中が火のように熱いのは、きっと熱のせいだ。
凛斗が心配で、この状況が不安でたまらなかったが、勝次が横で心配するなと無言で頷いてくれた。
心臓が早鐘のように、激しく鳴る。
今の良平は、西東京の徒競争の決勝より早かったかもしれない。
良平と勝次は、必死で部屋の窓を目指した。
先に、窓から勝次が入り、凛斗を引っ張りあげた。
抱き上げた凛斗のあまりの軽さに、驚いた勝次はやっと突き出た手足の細さに気づく・・・

「良平、・・・この子死ぬの?」

「・・・・・」

死なないと、きっぱりと言い切る自信があればよかったが、口を開くと無力に打ちのめされそうだった。
黙々と蒲団を延べて、ぐったりとした凛斗を横たえた。
熱に浮かされて薔薇色に染まった頬に、指の跡が筋になって残っていた。

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