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雪うさぎ  【命 一葉(いのち ひとは)】番外編 

会津地方(今の福島県)の里は雪が深く、その上、身を切られるような地吹雪が吹き上げる。

会津の子供達は10歳になると上士以上の侍の身分のものは、日新館という藩校に通い、それより下のものは寺子屋に通って藩校に通う準備をした。
子弟はひたすら勉学に励み、父母に孝養を尽くし、お国のために働くことだけを教わった。

藩校帰りの相馬直正(そうまなおまさ)と友人達は、にぎやかに出てきた門のところでしょんぼりとうつむく少年を認めた。
6歳の濱田一衛(はまだかずえ)。
今日も、寺子屋で勉学に励んでいたはずだ。

「一衛!」
「直さま!……みなさま、お寒うございます。」

お行儀良く、小さいながら目上の者には教えどおり挨拶をする。
会津の有名な「什の教え」は幼い一衛にも、十分叩き込まれていた。

「寒いから、わたしを待っていないで、一衛は寺子屋が終わったら、お家にお帰りと言ってあっただろう?」

鼻の頭を赤くした一衛の頬はこわばって、すっかり冷たくなっていた。
ふうっと、直正はため息をついた。

「ほら。手がこんなに冷たくなってしまって……」

ほうっと、吐く息は白く一衛の小さな手を、温かく包み込んだ。

「直さん、剣術の稽古はどうする?」

周囲にいるのは直正の同期で皆、これから自主的に剣術の練習をしようと武道場に向かうところだった。

「一衛を送ってから行くから、先に行ってくれ。」

友人を見送って、直正は一衛の冷え切った小さな手を握った。

「風邪を引いたら大変だ。一衛は咽喉が弱いから風邪をこじらせたら、この前のように当分寝付くことになるよ。苦いお薬はつらかっただろう?」
「……あい」

大好きな直正に叱られたのが悲しくて、一衛は涙ぐみ小さな声で返事をしたきり黙ってしまう。

「怒っているんじゃないんだよ。一衛、直さんはね、小さな一衛がお熱で苦しんでいるのがとても辛かったんだ。代わってあげたくとも、こればかりは出来ないことだからね」
「あい……」

直正は背を向けてその場にしゃがみこむと、お乗りと声をかけてやった。

「直さんの御背(おせな)は温かいよ、ほら」

そっと身を預けると、ほんのりと背中から体温が伝わってくるような気がして、着物に頬をすりすりとこすりつけた。

「直さんはね、一衛は父上が、殿様のお供をして京都に行ってしまわれたのに、母上をきちんと守ってえらいなぁといつも思っているんだよ」
「あい。一衛は父上と泣かない「げんまん」をしたのです。母上はか弱い女子なのだから、男子の一衛が守ってあげなければいけないよとおっしゃいました。母上は中野様のお嬢様になぎなたをお教えするくらい、お強いのですけど、父上がそういう強さではないのだとおっしゃって……でも、一衛には母上のか弱さがよく分かりませぬ。」

そうかと、直正は微笑んだ。
会津には後に娘子隊という、女性ばかりの軍隊が出来るほど武士の妻女は武芸が達者だった。
会津では優秀な女性が数多く輩出し、その気丈な彼女達の産み育てる子らもまた優秀で、類まれなる誇るべき会津武士道を幼い頃から叩き込まれて成長してゆく。

「一衛?」

背中に負ぶった小さな一衛が、くすんと鼻を鳴らしたのを直正は聞き逃さなかった。

「父上が、恋しいか?」
「いいえ。そのような女々しいことを言っては、母上に叱られます。一衛は母上をお守りしなければならないのですから」

そっと、背中から下ろして幼い家臣の目線に座ると覗き込み、直正は笑った。

「直さんも、父上が京都に行ってしまわれたから、時々は泣きたくなるよ。一衛は、直さんよりも小さいのだから、二人きりのときは、本当のことを言ってもいいんだよ」

んっ?と優しい顔を向けられて、一衛はとうとうぽつりと本音を漏らしてしまった。

「お隣の弥一さんが……父上に雪だるまを作っていただいたのです。一衛は、うらやましかったのです。藩のお勤めが一番大事ですけれど……一衛も、父上とご一緒に雪うさぎを……作り……たい……ひっ……く」

手の甲で、泣くまいと歯を食いしばってもこぼれる涙をぬぐった。

「そうか、父上がもう二年もお帰りではないから、一衛は寂しかったのだな。それにしても、一衛は雪だるまじゃなくてうさぎのほうがいいのか?」
「あい……。一衛は……大きな雪だるまは、夜になると歩く気がするのです。雪うさぎは南天の赤い実が可愛らしいから。一衛は、雪うさぎが好きです」
「そうか。じゃあ、天気のいい日に綿入れを着てわたしと一緒に、可愛いうさぎを作ろう」
「あい。直さま。一衛は直さまに、一等良く出来たのを差し上げます」
「そうか。楽しみにしよう」

ずっと隠してきた父親のいない寂しさを、一生懸命話す一衛がいじらしく、しばらく話を聞いていたが、やがて直正は寒さに震える唇を認め、一衛を背負うと急ぎ足で帰宅した。
冷え切った一衛は、すぐに家人に湯を立ててもらったが結局風邪を引き、直正の心配通り高い熱を出してしまった。
表で直正を待つ間に、小用を足したとき指がかじかんで下帯を濡らし、そこから腹も冷え切ったらしい。
直正は、背中に負ぶったとき直ぐに気が付いたが、内緒にしてやった。
一衛の母は、父が藩の御用で京都へ行って以来、父の分も厳しくしつけていたからだ。
一度、熱が出始めると一衛は、元々が余り丈夫なたちではないので、数日寝込むことになる。

やっと熱の下がり始めた日の明け方。
夜が白む前、厠に向かった一衛は雨戸から細く差し込む月の光の中で、たくさんの白うさぎが跳ねる夢のような風景を見た。
朝、床上げをしながら、雨戸を開ける母に嬉しげに声をかけた。

「母上。一衛は夕べ、雪うさぎがお庭で遊ぶ夢を見ました」
「まあ、一衛。夢ではないかも知れませんよ。ほら、いらっしゃい」

珍しく晴れて雨戸を開け放した一衛は、夕べの夢が現実だったと知り、歓声を上げた。
狭い庭一面に、きらきらと雪の結晶が朝日を弾いて、たくさんの雪うさぎが跳ねていた。
鮮やかな赤い実を目に使い、小さな耳は、南天の葉。
大きなうさぎの横には、全て寄りそうように小さなうさぎがいた。

「わぁ……!」
「誰かのいたずらかしら。それにしても、ずいぶんたくさん作ったことね、可愛らしいこと」

一衛には、庭一面で跳ねる雪うさぎを誰が作ったか分かっていた。

「母上。直さまは?」
「直さま?ああ、そういえば、お風邪で臥せっておいでになるそうですよ。鍛練なさっている直正様にしては珍しいことね……一衛?」
「雪うさぎを一つ、直様にお見舞いに差し上げたいのです。母上、お盆をお貸しください」

大好きな直さま。
お優しい直さま。
父上よりも、母上よりも一衛に優しい直さま。
いつも一衛は、直正が大好きだった。

この感情がどういうものかよく分からなかったが、幼くとも慕う気持ちは本物だった。
どこまでもどこまでも、直さまの後をお供して参りたいと思っていた。

お風邪を引いた直さまにと言って届けられた枕辺の雪うさぎ。
直正の作ったうさぎの傍らに、一衛が懸命に作った不恰好な小さなうさぎが並んでいた。
縁側からそっと覗き込んで、病床の直正を見舞った一衛がこれは、「直さまと一衛です」と笑った。

「直さま、一衛はうさぎになりました」

両手を頭に置いて、ぴょんぴょんと跳ねて見せた。
病床の直正が、元気になった一衛を眺めて嬉しげに破顔した。

幼い日、直正のそばには、常に一衛がいた。
それは大きくなっても変わらなかった。

会津の長い冬は、始まったばかりだ。







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