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それは野分のように……前編 

人でごった返す上野駅で、少年と警官が揉みあっていた。
少年の背にはカーキ色の大きなリュックが乗っていて、警察官はそれを奪おうとしていた。

「お願いですっ!見逃してください!お母さんに赤ん坊が生まれるんです」

必死に奪われまいとする小柄な少年に、意地になった警察官は詰め寄っていた。

「闇で手に入れた食料は、没収と決まっているんだ。直ぐにそれを供出しなさい」
「いやだーーーーーっ!!あーーーーっ!!」

粗末なリュックが綻んで、ばらばらと出来の悪い細いサツマイモが転がり落ち、あたりの人間は足早に拾い多くを持ち去った。

「返してっ!返して!持って行かないで。お願いだから……返して……っ……」

みな飢えていた。
少しでも口に入るものは、生きるためにどんなことをしても手に入れる時代だった。
哀れに思いながらも、人々はほんの少しの幸運に遭遇したとほくそ笑み、思わぬ土産を手に入れて、足早にその場を去った。

「……やっと、手に入れたのに……」

喧騒に気づいた、進駐軍の中尉アシュリーは、通訳を伴ってその場に急行した。
胸元にしっかりといくばくかの芋や、かぼちゃなどを抱えた少年が、うつろな目をして今やただの布切れになってしまったリュックを呆然と見つめていた。
その姿に、懐かしい人の面影を見出し、思わず中尉はその名を呼びそうになった。
通訳にささやいた。

「ねぇ、君。この子はわたしの大切な人にそっくりじゃないか?」
「中尉。東洋人の子供を見るたびに、同じ事を言うのはやめてください。どこも似ていません」
「そうかな。着ている外套のフェルトの傷み具合も髪の分け目も、出会ったときの彼にそっくりだよ」
「殴りますよ。年恰好が同じというだけで、思い出に浸るのはやめてください」

中尉付きの日系二世の通訳が膝を折り、少年の目線に降りてきた。

「坊や。何があったのかな?」

思いがけない優しい声に、ふと視線が上がったが声にはならなかった。
ただ座り込んだきり、ひたすらの滂沱の涙を溢れさせたまま、固まっていた。
そこにいた巡査から、ある程度の顛末を聞き通訳は中尉に告げた。

「3日もかけて手に入れた非正規の食料を、ここで見つけたから警官は職務として取り締まったらしいです。そのときに、奪われまいとして少年ががんばったら、鞄が裂けて……零れた荷物を群集に奪われたといっています」

中尉は年端も行かぬ少年の薄汚れた細い腕に、靴墨が付いているのを認めた。

「かわいそうに。この子も栄養が行き届いていないようだな。そうだ、この子に仕事をやろう。どうやら靴磨きをしているようだから」

伺うように、通訳の顔を覗き込み、答えを待った。

「ok。君は、ガード下で靴磨きをしていますか?」

こくりと頷いた。
中尉の語る英語と、通訳の言葉をかわるがわる顔を向けて必死に聞いているのが、まるで砂漠のミーアキャットのようだったと、後にアシュリーは語った。
通訳はポケットの中のチョコレートをひとかけら、呆然としたままの少年の口に無造作にぽんと放り込んだ。
しばしばとまつげが瞬いて、初めて少年は口をきいた。

「おいし……」
「そら。この残りは君のものだよ。仕事をあげるから付いておいで」

ポケットに、大切にチョコレートの残りを入れてもらって、少年はやっと腰を上げた。

「大丈夫だよ。心配しなくてもいい。仕事が終われば、食べ物もあげるし、家に連れて帰ってあげるからね」
「あの……」
「彼はGHQの将校でアシュリー中尉、ぼくは日系2世の貴志川ケイン、ぼくの両親は日本から渡航した日本人なんだ」

若い通訳は、にこにこと笑っていて優しそうだった。
少年にとって、これまで進駐軍の兵隊は靴磨きをさせてくれる良いお客さんだった。
彼らは時々乱暴で、必死で磨いても金を払ってくれなかったり、殴られたりもしたが、時々はこうして、ポケットの中に菓子を忍ばせてくれる優しい兵隊もいた。
仲間の話だと、大抵そんな優しい人は襟章の付いた「将校」といわれる人たちで、上官の憂さを敗戦国の子供に八つ当たりするようなやつらとは人間が違うんだと言うことだった。

優しい「将校さん」のジープに乗り込み、少年は将校が今住んでいると言う一軒家に入った。
元は、旅館だということだったが調度品は、アメリカから持ち込まれたものばかりでまるで外国のように見えた。

「ほら。きみの仕事だよ」

5、6足の曇った革靴を並べられ、小さな椅子がそこに置かれた。
乾いた布と、靴磨きに使うやわらかい布、靴クリーム。
少年は一生懸命、靴を磨いた。
靴を磨けば、ほんの少しでもお金がもらえる。
そうしたら、きっとおなかに赤ん坊のいる母親に栄養の付くものを買ってあげられるだろう。
卵ひとつと、めざしと、お豆腐。
もし、運がよければ水団(すいとん)に使う、小麦粉も。

失った荷物のことを思い出すと、又涙が溢れそうになったが、少しは残っているから目の前に並べたらきっとお母さんは、泣いて大喜びするだろう。
赤紙一枚で、終戦間際に軍属として引っ張られて戦死したお父さんのためにも、立派な赤ちゃんを産んでもらわなければ。
お父さんの代わりに、お母さんと、まだ見ぬ弟妹はぼくが守るんだ。
少年はきゅっと唇を引き結んで、ほっと息を吹きかけ、力を込めて靴を磨いた。

「おお、良い仕事だね。まるで新品のようになったじゃないか」

土踏まずにはブラシを使い、細かな縫い目の間の埃も、きちんと落とされていた。
通訳が約束どおり、紙袋にたくさんの食料品を入れて、送っていこうと告げた。

「これが、きみへの報酬だよ。後、お金はお母さんに直接渡したほうがいいかな」

見せてもらった紙袋の中身に、少年は仰天した。

「すごい……こんなに?卵もこんなに?あの……缶詰も?いいんですか?」

こぼれそうな大きな瞳がきらきらと輝く。

「ぼく……お礼がしたいです。良くしていただいたから。あの、こちらのだんな様に聞いてください。ぼくに出来ることは、余りないと思うけど、靴ならいつでも磨けます」

通訳と中尉の顔をかわるがわるに見上げながら、懸命に言うミーアキャットのような少年に、中尉は笑って「では、お礼のキスを」と、そういった。
途端に、可哀想なほど蒼白になった少年の頬がこわばった。
アシュリー中尉と貴志川は、たちまち、少年の唇がひどく震えるのを認めた。

「どうしたね?」
「ぼくは、パンパン(売春婦)じゃない。そういうふしだらな事は、できません」

進駐軍の兵隊と、紅を引き腕を絡ませ膨らんだスカートをはいた女たちはキスをする。
靴磨きをさせながら、頭上で睦みあう異国の泡沫(うたかた)の恋人達は「キス」を交わし、そのままどこかにしけこみ情を交わした。
中には本気の恋も在っただろうが、大方はお金目当ての偽りの恋だった。
涙ぐんだきりうつむいてしまった少年の肩を掴んで、通訳が思わず声を上げて笑った。

「何も知らない、うぶな子供かと思ったら、ちゃんと世間を見ているようだ」
「違う、違う。おはようのキス、おやすみのキス、そしてお礼のキスは挨拶だよ。君の言うような恋のキスじゃない」

揺れるように瞳が瞬いた。







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