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白い開襟シャツの少年 1 

丘の上の別荘に、友人を訪ねた。

「明日には、もう東京だな」
「うん。成城の家は燃えてしまったけど、麻布のお爺さまの家が無事だったから、そこに身を寄せるんだ」

疎開先を引き上げて、もうすぐ眩しい白い開襟シャツの美佐雄は、東京に帰ってゆく。
すぐに、退屈な田舎暮らしの事を忘れて、もとの世界に馴染むのだろう。

「もう、二度と会うこともなくなるな」

田舎の少年が、ふと呟いた。
見上げた瞳が夕陽を弾いた。

「え、もう逢えないの……?」

何気ない言葉の軽さに、恒介は思わず苛々として、ぱんと思うさま美佐雄の頬を張った。

「あっ!」

大金持ちの華族さまが、ほんのしばらく田舎に疎開してきたというだけじゃないか。
君は、ぼくのことなどすぐに忘れて、直に都会の不自由のない暮らしに戻るのだろう。
土台、生活の仕様と言うものがまるで違うのだ。
気軽にもう会えないの?などと、東京行き列車の切符を買えるほどの金を、一体誰が持ってるんだ。

「東京にいたときは、家政婦と通いの料理人さえ一人ではなかったのに、ここではこれが弁当だ」

サツマイモをかじりながら、作業の合間に哀しげにそう言ったのは、自分じゃないか。
美佐雄は、揃いの眩しい開襟シャツに半ズボンを穿いて、白いカバーの付いた帽子をかぶって「ごきげんよう」と挨拶をする世界に戻るのだ。
ぐるぐると、言葉にならない思いが重く渦巻いていた。

漫画雑誌を転がって仲良く読んだり、紙の薄荷を変わりばんこでなめたり、ベーゴマを本気で奪ったり、そんな些細な自分との想い出は、都会の友人との楽しみの中にすぐに埋もれてしまうのだろう。
美佐雄は、ずっと東京に帰りたがっていた。

ここに来たときは、玄米を精米する方法すら知らなかったくせに。
蛙の串焼きと蛇の蒲焼を、泣きながら食ったくせに。

しゃがみこんで押さえた美佐雄の白い頬に、紅い手形が強く付いているのを認めて恒介は焦った。

「ごめん……」

きっと睨みつけた美佐雄の双眸に、光るものがあった。
震える唇が、なじった。

「……何も分かってないのは、君の方だ。いつか逢えると思わなければ、足元から崩れ落ちそうな僕の気持ちなんて、知らないくせに。君は、毎日の雑多さにぼくのことなんて、きっとすぐに忘れてしまうよ。恒介、ぼくは君の過去の中に置き去りにされるんだ」
「……思い出にされるのは、ぼくの方だ……東京に帰った君は、ぼくの事をすぐに忘れてしまう」
「君は何もわかってない……」

激昂した美佐雄の頬に、夕陽を吸ってぱたぱたと零れる光が流れた。
陽を背にして、自分達ではどうにもできない理不尽をなじりながら、震えるほど互いを求めていた。
付けたいのは紅い手形などではなかった。
白い開襟シャツから覗く、清らかな鎖骨をなぞって薄紅い所有印を付けたかった。

「美佐雄。ぼくは君を忘れない。過去になんて、閉じ込めない」
「そう思っているのは、今だけだ」
「高貴で優雅な肢体も、労働の似合わぬこの細指も、本当は全てに印を刻んでぼくのものにしたい」

真剣な瞳が、息をつめた。

「……してよ」

紅く小さな唇から、似合わぬ激情がほとばしった。

「ぼくを、恒介のものにして。吸痕をつけて。みんなあげる。……だから、忘れないで……」

ひたすらの真実の求愛があった。
自尊心の高い少年が、別れ際にとうとう本心を打ち明けた。
激しい言葉と裏腹に、恒介は脆くも壊れそうな華奢な少年の肩にそっと腕を回した。
太陽に晒されても、ほんの少し紅くなるだけの薄い皮膚が指を乗せると緊張する。
長い長い時間、そっと唇を重ねたまま身じろぎもしなかった。

「あ、ふっ……」

疼く熱を籠もらせたまま、抱き合うしかなかった。
お互い、息継ぎも知らない幼さが哀しかった。








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