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小説・約束・39 

「でも、でも・・・わたしには他にいく所がない・・・」

「その包帯、取ってもいい?」

こくりと頷いたので、手をかけてゆっくりと外した。
夜目には見たことがあったが、凛斗の瞳を光の中で見るのは初めてだった。

「すごい・・・本当に青いんだ・・・」

吸い込まれるような、透明な深い海の底の色に思わず身を乗り出して、見入ってしまった勝次。
初めて見る顔に、凛斗は怯えて良平の後ろに隠れようとする。

「凛斗、大丈夫だから。驚かないで。この子は小林勝次という名の、僕の一番の親友なんだ。勝次にここから、凛斗を助ける手伝いをしてもらう。」

勝次も繰り返した。

「大丈夫。きっと守ってやる。」

「どこへゆくの?」

「お爺様の家。広いからどこより一番安全だと思う。」

そして、良平は思い切って、提案してみた。

「それよりもさ、その女の子みたいな格好を何とかしないと。この綺麗な髪の毛、短くしちゃ駄目かな。」

「勿体無いとは、思うんだけど・・・。」

意外なことに、本当は切りたかったのだけど、道具がなくて切れなかったのだと凛斗は言った。
色々な事情があって・・と、悲しげに・・・。
洋館の中をはっきり見てしまったから、余計に良平はそう思ったのかもしれない。
生活感のない、ただの居場所としての空間。
続木男爵は、はさみやカミソリを凛斗に渡してしまったら、何かが起きると思ったのに違いなかった・・・。
それにしても、長い髪の毛を短くするのが、こんなに大変な作業だとは思わなかった。
はさみを横に入れようとすると、髪の毛が逃げる。

「向こう向いて、じっとしてて。」

いきなり、肩口からばっさりと斜めに髪を落としたら、髪の量に凛斗が驚いた。

「あ・・・軽くなった。」

良平は鏡を覗き込んで、すっかり様子の変わった鏡の中の凛斗に言った。

「髪を切っただけで男の子みたいだ。」

「みたいって・・・」

ほんの少しうれしそうに頬を染めて、凛斗は鏡の陰で良平の持ってきたシャツとズボンを細身に着けて、男装の麗人のようになった。

「・・・僕、今すごく傷ついているかもしれない・・・」

わざと落ち込んで見せた良平。

「僕より、凛斗の方が足が長かったみたいだ・・・」

勝次がぷっと吹きだした。

「バカ、良平ったら。」

前髪を垂らして深く帽子をかぶれば、同級生と言っても不思議じゃないだろう。
全てをそのままにして、三人で洋館を後にした。

「・・・わたし、お日さまを見るのは、久しぶり・・・」

良平が振りかえって、これだけは言っておくと告げた。

「『僕』だろ。その格好でわたしなんておかしいぞ。」

「ぼく・・・」

「よろしい。」

逃避行は、迅速に行われた。
ただ、凛斗だけは開放感よりも、内心深い不安に包まれていた。
死んだという続木の叔父様の葬儀はどうなったのだろうか・・・
当主を失った男爵家の使用人は、どうなるのだろう・・
お金の工面に走り回って、哀れなほど疲れ果てた叔父を見ていた。
凛斗はお金を下さいと、どうしても大久保伯爵に書けなかった自分を責めていた。
後がどんなに怖くても、何とか頑張って叔父のためにあの人に懇願すれば良かった。
そうすれば、心弱い叔父は死なずに済んだのだろうか・・・。
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