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波濤を越えて 第二章 27 

フェリーの舳先に立って、フリッツと正樹は目指す瀬戸内の島を見つめていた。
頬を撫でる潮風の中に、爽やかな柑橘の香りが混じる。

「どの辺り?船から見える?」
「可愛い正樹。身を乗り出すと海に落ちますよ。ほら、島の中腹に赤い煉瓦の登り窯が立っているのが見えますか」
「あ……見えた!見えたよ。ずいぶん立派だね」

フェリーから降りた正樹は、フリッツの先を跳ねるように小走りに行く。
数日前に話を聞き、早く仕事場を見たくて気が急いていた。

「早く行こう、フリッツ。もう素焼きの器はできているんでしょう?」
「急がないでください、正樹。もっとゆっくり歩いて」
「だって、早く見たいんだもの。楽しみにしてたんだよ。どうしよう。嬉しすぎて胸がどきどきする」
「では、手をつなぎましょう。転んでしまうといけないから」
「過保護だね、フリッツ」
「正樹を大切にしますと、ご両親に誓いましたから」

二人が旅立つ前、正樹の両親の前で、フリッツは驚くべき申し出をしたのだった。

「瀬戸内の島に、今は使っていない登り窯と工房があります。以前に四国の窯元を訪ねて、使っていない工房を紹介してもらいました。海に囲まれた青いレモンの島で気候はとても温暖です。わたしは正樹と一緒に、毎日焼き物を作って暮らします」
「信じられない……」
「正樹を驚かせたかったんです」

フリッツは正樹と暮らすために、色々準備をしていたらしい。観光ビザではなく、就労ビザを取り、作った焼き物の販路さえ確保していた。
正樹にとって、驚くことばかりだった。
フリッツは既に親しい陶工に頼み、窯に火を入れていた。
二人が工房に着いた時、すでに島の登り窯の前には、荒熱のとれた素焼きの焼き物が並んでいた。

「正樹の好きな植物やデザインを、これに描いてください」
「フリッツが焼き物を作って、僕が絵を描くんだね。素晴らしいね、フリッツ」
「どちらが欠けても、わたしと正樹の作品ではなくなります。だから、体を大切にして、ずっと一緒に居ましょう」
「うん……フリッツ」

黒曜石の瞳が濡れて光っていた。

「ほら、この建物の中には、正樹が絵を描くスペースがあります」

正樹は部屋の片隅に、大切なマルスを見つけ駆け寄った。

「僕のマルス……先に来ていたんだ」
「田神さんが、これは正樹にとってとても大切なものだから、島に持って行った方が良いと言っていました」
「そう……田神には、何もかもお見通しだね」
「それと、こちらも、これから必要になるだろうからと……」

図書館に寄贈したはずの本のうち、図案集、画集などが絵を描く為のインスピレーションに必要だろうからと、送ってくれていた。

フリッツの作るぽってりとした器は、手になじみどこか朴訥とした懐かしさを感じさせる。
量産はできないが、ドイツにも待ってくれている人がいるんだよと、フリッツは正樹の手に焼き物を渡した。





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