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波濤を越えて 第二章 26 

上気した頬で恥ずかしげに言い切った正樹を、フリッツは抱きしめた。

「正樹……ありがとう。わたしも正樹と共に生きたいです」

父親は苛々と吐き捨てた。

「まるで、幼稚園児のままごとだ。愛だ、恋だと言う前に、これからどうやって食っていくかビジョンはあるのか。理想は語れても、現実はそれほど甘くはないぞ。見知らぬ国で病人を抱えて、暮らしていく方法はあるのか。親にたかるつもりなら、話は別だがな」

正樹が反論しようとするのを、フリッツは優しく制した。
「……わたしは物乞いではありません。ドイツで認められたれっきとした陶芸マイスターです」

きっぱりとフリッツは言い切った。

「見てほしいものがあります……これは、わたしの焼き物です。正樹がデザインをしてくれました」

フリッツは梱包材で大切に包まれたものを、大きなバッグから取り出した。

「え……?デザイン……って、僕がドイツに帰るフリッツに渡したもの?」
「そうです。素晴らしいデザインに感銘を受けて、わたしが作りました。これを見れば正樹の才能がよくわかります。繊細で優美で素晴らしい……わたしはわたしの作る焼き物全てに、正樹が絵を描いてくれたらと考えています。どうぞご覧になってください」

母親が思わず身を乗り出して、焼き物を受け取った。

「まあ、可愛いカップ……」
「これは、なんだ」
「これは、マグカップと揃いのミルクピッチャーです。このアイリスのシリーズには、裏に正樹とわたしのイニシャルの刻印を入れました。遠く離れていても、わたしたちは結ばれています」

正樹は驚いて、目を見開いたまま同じ言葉を繰り返した。

「……すごい……フリッツ……夢みたいだ。僕の絵がこんな風に形になるなんて」
「可愛い正樹。アイリスの絵がポケットに入っているのを見つけた時、すぐに日本に戻りたかった。どれ程会いたかったか……」
「僕も会いたかったよ。戻ってきてくれてありがとう」
「もう少しで失うところだったけどね」

フリッツは、片目を瞑って見せた。
正樹の両親は、表情の乏しかった正樹が幸せそうに微笑むのを初めて見た。
常にうつむきがちで、何か言えばすぐに諦めて涙ぐんでいるようだった息子が、父の目には別人のように快活に見えた。

もう手の届かないところに巣立った気がする。
母は静かに頷き、言葉をかけるように促した。
父は仕方なく、苦虫をかみつぶした表情のまま、絞り出すように告げた。

「好きにしろ。だが、何かあったらすぐに入院するように。私から大学病院には連絡を入れて置く」
「ありがとう。お父さん……お母さん。きっとそうするから……」
フリッツも、深々と頭を下げた。

「祝福してくださいとは言いません。日本にはいまだに大きな偏見があることも知っています。でも、あなた方の大切な正樹の時間を共に生きることを許してください」
「どこで暮らすつもりだ」

ドイツに連れてゆく気はありませんと、フリッツは答えた。

「正樹とこの国で暮らします。あなたたちの大切な正樹を、奪い去るような真似はしません」

真摯な異国人の申し出を、正樹の両親は受け入れた。




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