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小説・約束・37 

「続木の殿様が、ピストル自殺をした!」

続木家に関わる者たちは皆、上を下への大騒ぎになっていた。
刈り取ったばかりの米も、借金のかたになっているらしいと噂は広がり、農作業は中断したままになっている。
一方、だれかが借金を肩代わりして、領地を引き継ぐことになるだろうという、噂も流れ始めていた。
小作たちにとっても、愚かな当主のせいで耕せる土地を失うとなると、たちまち死活問題だったから無理はない。
佐藤家に話が届いたのは、家長が膳に箸を付け皆が茶碗を持ち上げた所だった。
裏口からこけつまろびつしながら、土地の境の続木の小作人が走りこんできた。

「大旦那様!大変ですっ!」

「続木さまが、自殺したそうです。」

箸を取り落として、思わず立ち上がった良平。
もう少しで、凛斗の名前を口に出してしまいそうだった。

「民、茶を飲ませてやれ。」

民さんは、大急ぎで湯飲みを取り上げた。
誰も知らないことだが、その小作人は家長が続木の家に何かあったらすぐに知らせるようにと、給金を与えて二重に奉公させてあった。

「先物相場だな。小豆か、砂糖か・・・」

何の取引に手を出していたかまでは判らなかったが、近隣の地主の会合で、幾度となく口に上っていた。
先代が倒れてからの、続木家の凋落振りは有名だった。
凡庸な当主と、派手好きの母親。
末はしれていた。

「食事が済んだら、出かけてくる。」

債権者と話がついて、見合う金額なら無理をしてでも、続木の領地を手に入れたいと思った。
大切な跡取り息子、良輔が愛した娘は、半ば放り出されるように縁を切られたとはいえ、続木の直系だった。
脳出血で呂律が回らなくなった続木家当主を見舞ったとき、芸者上がりの後妻の眼を盗んで耳元に告げたのだ。

「おい、おまえの娘はうちの良輔と所帯をもったぞ。」と。

くぐもった声にならない声で、続木男爵は涙を零し、不自由な手に力を込めた。
頼むと・・・。

相場以上に包んだ見舞金のせいで、後妻は佐藤に擦り寄った。

「佐藤の殿様。お見舞い過分に頂戴致しましてありがとう存じます。」

生き馬の目を抜くような花街で、ひとかどの成功を収めた娼妓に、続木家は乗っ取られたという者もあった。
噂は絶えず、色々流れてくる。
後添えに入る前に生まれた長男は、続木男爵の本当の血筋ではないかもしれないと、ささやく者もいた。
見舞いにかこつけて足しげく続木家に出入りする、大久保伯爵の無頼は一高時代から有名で、年も近いこともあり佐藤も昔から知っていた。
大久保がどんなにか残酷で、変わった性癖の男かも・・・
佐藤家の当主が慌しくしているころ、良平は懸命に駆けていた。
続木男爵が自殺したということは、そのまま凛斗の居場所がなくなることを意味した。
たまたま学校が休みなのが、幸いだったが、凛斗を助けるには、どうすればいいのか分からない。
とにかく、速やかな移動と、あの目立つ格好を何とかしなければと思い、良平は自分の服とはさみをかばんに放り込んで持ってきた。

走りながら考えた。

考えながら走った。

どう考えても、一人では自信が無かった。

「小父さん。勝次、いますか?」

「休みなのに早いな、坊ちゃん。勝次ならそこに。」

勝次は、妹のためにままごとの最中だった。
割れた茶碗に、猫じゃらしの穂や椿の実が入っていて、良平は「おい、残さず食べろよ。」と笑った。

「どうしたの?」

「勝次、お願いがあるんだけど。」

勝次は振り返って、父親の方を見た。
農作業で使った、鎌を磨きながら父親は頷いた。

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