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波濤を越えて 第二章 13 

正樹はその足で終業時間間近の勤務先に向かい、同僚に入院する旨を告げた。

「そうか。残念だな。もう少しで正規職員だったのに」
「色々と目をかけていただいたのに、すみません。月が替わったら、しばらく入院することになりそうです」
「まあ、君はまだ若い。体をしっかり治してもう一度頑張ることだよ。復帰を待っているから」
「はい……ありがとうございます。色々とお世話になりました。とても有意義な毎日でした」

休暇願いはひとまず受理されたが、正規職員ではないからそれほど長く休みをもらえるわけではない。
長くても、二週間くらいを目途にしてくれと、はっきりと事務員に言われた。それ以上長引けば、非正規雇用の身の上では復職は保証されないということだった。
個人的には理解してくれても、公的機関としては、前例のないことはなかなか認められない。それは、仕方のないことだった。
それでも同僚たちは皆、口々に優しい言葉をかけてくれた。

「これまでの経験は無駄にならないはずだから。復職の時もなるべく便宜を図れるようにするよ」
「早く元気になってね」
「はい。ありがとうございます」

微笑む正樹は影が薄く、このまま消え失せてしまいそうだ。
居場所がなくなるのが、これほど堪えるとは自分でも思わなかった。
長らく務めた美術館を、ゆっくりとみて回った。これが最後になるかもしれないと思うと、所蔵品すべてが語りかけてくる気がする。

「相良君、しばらくお休みするんだって?」
「……ええ」

話しかけてきたのは、退職間近の職員だった。
正樹を仕事ぶりを気に入り、館長に次期学芸員として推薦してくれた人だった。

「残念なんですけど、早い方がいいと病院で言われたのでしばらく入院します。あの……色々とありがとうございました。もう少しで夢がかなうと思ったんですけど……悔しいです……とても」
「うん、そうだね。相良君がすごく頑張っていたのは、僕も知っている。悔しいね」
「はい。本当にお世話になりました」
「相良君は企画力もあるし、学芸員は天職だと思う。諦めるなよ」

諦めたくないです……と、口にしたかったが、涙が溢れそうになってできなかった。
労わるような目に向かって、辛うじて頭を下げ、正樹は美術館を後にした。

フリッツとの出会いは、入り口近くの第一展示室だった。
大きなデイバッグを背負って、にこにこと笑っていたのを思い出す。

「fritz……ich möchte dich sofort sehen……フリッツ…… イヒ メヒテ ディッヒ ゾフォルト ゼーエン(今すぐ逢いたいよ)……」

メールの文字を指でなぞる。……羊皮紙の地球儀をなぞるシーボルトのように。

人けのないベンチに座って、正樹はひとしきり泣いた。




本日もお読みいただきありがとうございます。
投稿できてなかった……すまぬ~(´・ω・`)


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