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波濤を越えて 第二章 8 

どう返事をすればいいだろう。
視線をさまよわせて、正樹は言葉を探した。
今はドイツに居て、いつ帰ってくるかわからないフリッツの事を、母の言う「お付き合いしている人」と言えるかどうか。

「ちゃんとお付き合いしているとは言い難いけど、好きな人はいるよ」
「そう……男の人なの?」
「……ごめん……」

母は無理やり笑おうとして、顔をゆがめた。
正樹は静かに靴を履いた。
やはり、この家に足を向けたのは間違いだったのか……

「またね、お母さん」
「……正樹……」

その場で咽んでしまった母の背中は小さく見える。
嘘をつけないで申し訳なく思うが、それだけはできなかった。
それ以上かける言葉を持っていない正樹は、黙って懐かしい実家を後にした。

祖母の住む相良本家は、少し離れているが近所だった。
名刹の寺と間違えて、観光バスが止まることもあるほど立派な門構えを誇っている。空襲に遭わなかったため、今に残るなまこ壁と土蔵は県の史跡に指定されているほどだ。
過去をさかのぼれば、代々、筆頭家老を務める家柄で、明治時代からは政財界に籍を置き、名士と言われている。
地元の産業に大いに貢献し、世が世ならば相当な家柄と言える。当主である叔父は、威厳のある男で、相良家の事業を取り仕切っていた。

周囲から相良のお姫様と呼ばれている祖母は、気さくな快活な人で、正樹の両親よりはるかに進歩的な考え方を持っている。
正樹の生き方を話したことはないが、孫の一人として家を出たいきさつなどを知りたいのかもしれない。



本日もお読みいただきありがとうございます。



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