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波濤を越えて 第二章 4 

自分から話をしてくれと言ったのに、医師の説明を正樹はほとんど上の空で聞いていた。
予期せぬ話の連続で、顔から血の気が引いてゆくのが自分でもわかった。

「相良君。相良君……?大丈夫?」
「あ……はい」
「顔色が悪いよ。辛いのだったら、話はまた次にするかい?」
「いえ。自分の事ですから教えてください」

気丈に受け答えしたが、医師の心配そうな声も、看護師の声も、難解な医療用語も、耳には全く入ってこないで上滑りしてゆく。周囲が色あせて、世界から色が消えてゆくようだ。
疑われる病名と、深刻な症状について話を聞き、病巣のある位置を示した内臓のイラストを持って、正樹は総合病院を後にした。
ふわふわと力の入らない足で、やっと家にたどり着く。

携帯にメールが届いていた。

「フリッツ……からだ」

ドイツとの時差は、およそ8時間ほどある。今なら、まだ起きている時間だと思ったけれど、正樹は返信を躊躇した。
正樹はドイツ語ができない。英語も日常会話程度ならできるが、きちんとした文法は苦手だ。フリッツも流ちょうな日本語を話していたが、決して読み書きが堪能というわけではない。
翻訳サイトを使って、ドイツ語に変換しても、本当にきちんと文章になっているか確かめる術はない。互いにもどかしいと思いながらも、どうすることもできなかった。
本当は電話をかけて声を聴きたかったが、忙しくしているフリッツに、余計な心配をかけたくなかった。それに正樹の薄給では、海外への通話がどれくらいになるかを考えると、怖くてそれもできなかった。

「声を聴きたいな……」

携帯を開いても、ドイツ語を理解できない。
ただ一つだけ、何度も互いに送りあって覚えた言葉がある。

「ich möchte dich sofort sehen イヒ メヒテ ディッヒ ゾフォルト ゼーエン(今すぐ逢いたい)……」

薄い布団にあおむけになって呪文のように口にすると、一気に色々な事を思い出して涙が溢れた。

「どうすればいいのかな……分かんないよ。フリッツ……何で、傍に居ないんだよ……キスしてよ、フリッツ……今すぐ逢いたいよ……一人にしないでよ……」

どうしようもない感情が渦になって、正樹を襲う。
一睡もできぬまま、夜が白々と明けてゆくのを見つめていた。
世界にただ一人、取り残されているような寂しさに苛まれていた。
独りで抱えるには、あまりに辛すぎた。




本日もお読みいただきありがとうございます。


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