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小説・約束・35 

11年前のことだった。
眼を覆った小さな子供を抱いた、義理の姉は玄関先に土下座していた。

「お願いです。どこにも行くところがないんです。使用人としてでも結構です、この家においてください。何でも致しますから。」

中気に倒れた先代には秘密で、事は運ばれた。

「続木の家に、そんな毛唐の血が流れる子供を入れるわけにはいきませんよ。あなたは旦那様の反対を押し切って、米国へ行ったのですから、この先もお好きになさればよろしいのよ。」

先妻が死ぬまで、愛人の立場だった芸者上がりの後妻は、やっと掴んだ物を手放すまいと必死だった。
一番邪魔な、直系の娘とその子供に帰って来られては、これまでの苦労が水の泡になる。
当主が中気で倒れた今、実質、自分が腹を痛めた子供が続木男爵家の跡取りなのだ。
芸者上がりの卑しい身分の女と、聞こえよがしに言ってよこした親戚に一泡吹かせてやりたかった。
息子を男爵にするそのためには、なんだってできた。
花街で強かに生きてきた女には、長女の門前払いなど、なんでもなかった。

「いっそ、お連れの佐藤家に置いてもらえば、いかがなの?お噂は聞いていてよ。」

心配して様子を見に来た、佐藤良輔は想像通りの展開に玄関先で思わず凄んだ。

「後妻ずれが、何を言うか。この家は元々、沙代子さんの家じゃないか。お父上を呼びたまえ。」

果たして・・・。

車椅子に乗って現れた先代の姿に、言葉を失って駆け寄ろうとした娘だったが、近寄るのさえ義母は許さなかった。

「旦那様は、家を出るならあなたを勘当すると、おっしゃったはず。縁を切って家を出た人間に、今更この家の敷居をまたがせるほどわたくしも、甘くはなくてよ。」

佐藤は涙にくれる沙代子の心中を思って、唇をかんだ。

「沙代子さん、行こう。沙代子さんのご実家は、魔物の巣窟になってしまったようだ。」

「お待ちなさい。子供を置いてゆきなさい。」

思わず凛斗を抱く沙代子の腕に、力が入った。

「・・・おかあさま!何をおっしゃるの?」

「わたくしだって、鬼ではないわ。しばらくその子を預かって差し上げると言ってるの。」

「どういうおつもりでしょう・・・?」

「あなたの代わりに、お父様のお側に置いてゆかれたら?」

それはできないと、母親は躊躇した。
何より今は後妻に入っているこの女を、信用できないと思った。
しかし義母は、突然話のよくわかる優しい母親を演じて見せた。

「ね、お父様が心配でしょう。」

娘は尊大だった父親の変わり果てた様子に、衝撃を受けていた。
側に寄ってきて、その肩を抱く。

「親戚の手前、あなたを家に置くことはできないけど、この家にいるほうがこの子には良いのではなくて?混血(あいのこ)を連れて、生活できるなら止めたりはしないけど・・・。」

子供を抱いた母の身体が、ぐらりと揺れた。
青い眼の子供を抱えて、閉鎖的なこの国で生きてゆくのはきっと恐ろしく困難なことだと想像できた。
異質な者を受け入れられない、長い鎖国から目覚めて戦いばかりを繰り返す、愚かで幼稚な祖国・・・・


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