FC2ブログ
FC2ブログ

波濤を越えて 40 

身体の上にいる正樹を、ゆっくりと強く抱きしめてフリッツは囁いた。

「どこにいても正樹を忘れません……」

青い瞳を見上げた正樹は、くすくすと笑った。

「そんな風に言うと、永遠の別れみたい……そういえばフリッツはシーボルトを知っていますか?」
「シーボルト?確か……ドイツの近代手術に功績のあった人」
「そうじゃなかった気がするけどなぁ。シーボルトっていう名前は、珍しくないのかな」
「どうでしょう。でもシーボルトと名の付く人を、わたしは何人か知っています。動物学者や考古学者です」
「そうなんだ。頭のいい人が多いのかな……日本がどことも国交を閉ざしていた時代に、長崎に唯一外国人が逗留できる出島というところがあって、シーボルトはそこのオランダ商館の医者として赴任してきたんです。ドイツ人なのにオランダ人だと嘘をついてね。彼は日本で女性と知り合って、とても幸せに暮らしていたのだけど、スパイ容疑で本国に強制送還されてしまったんです」
「それは、別れてしまったってこと?」
「しばらくの間ね。彼らは許されて再会するんです。愛する二人には娘が生まれて、やがて彼女も苦労の末に父と同じ医者になりました」
「素晴らしい物語です……」
「そうでしょう?それから彼は日本の花や生物などを持って帰ったんだけど、花に付けた名前は、実は愛人の名前なんじゃないかって説があるくらい、日本を恋しがっていたそうです」
「わたしもドイツに帰ったら、きっと正樹が恋しいです。持って帰った花は何という名前ですか?」
「アジサイというんです」
「アジサイ……はどんな花?」
「ん~……とね。こんな感じの花かな……」

正樹は、さらさらとスケッチして見せた。手元を覗き込んだフリッツは、流麗なデッサンに感嘆の声を上げた。芸大に行っただけあって、艶やかでみずみずしい花がスケッチブックの中に咲いていた。

「正樹……この花なら、ヨーロッパ中に咲いています」
「シーボルトがつけた花の名は、オタクサというんだけど、彼が愛した女性の名はお滝さんと言うから彼女の事を忘れない為につけたのかな……色を変えるから、アジサイの花言葉は不実らしいけどシーボルトが持って帰ったアジサイの花言葉は辛抱強く耐える愛っていうんです。一緒にいた時、お滝さんは、シーボルトに色々な表情を見せたんだろうなって、僕は思います」
「素敵な話です」
「うん……。大分前に、社会科の先生がそんな話をしてくれて、そんな風に人を愛せるって素敵だなって感動して覚えていたんです……」

遠く離れた東洋の国と、愛する人を思い出し、シーボルトはいつも書斎で地球儀を回した。
愛する女性の住む小さな国の場所を見つめ、ため息をつく。瞼の裏に浮かぶ柔らかな面差し、しなやかな体、甘い吐息を思い出すたび、胸が苦しくなるほど恋しい。思慕を募らせ、枕が濡れる日もあった。
羊皮紙で作られた地球儀の愛する人の住む場所は、何度も指でなぞって国の名前が薄くなっている。何度も愛しい人の名前を呼んだだろう。
いつかドイツで同じように、フリッツも正樹の事を思い出してくれるだろうか。

薄い胸に手を添わせ、凝った小さな乳首を指の腹で可愛がったことや、奥まった小さな薄茶色の絞りが、初めて自分以外の手で染まったこと。
ぎこちなく愛撫に応える正樹を、どれだけ愛おしいと思ったか……




本日もお読みいただきありがとうございます。
シーボルトの羊皮紙で作った地球儀は、実際に日本の処がこすれて薄くなっていたそうです。
確か、このエピソードは、オランダ商館長のお抱え医師とその子供のお話を書いたときに使ったはずです。タイトルは「びいどろ時船」でした。長崎弁で頭抱えていた記憶があります。……続きかくはずだったのに……(*´▽`*)←逃げた~
最期に愛し合ったら、お別れです。(´;ω;`)ウゥゥ


にほんブログ村 小説ブログ BL小説へ





関連記事

0 Comments

Leave a comment