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波濤を越えて 36 

「いつ……」

帰るの?と、言いかけて正樹が口をつぐむ。
縋る言葉は、フリッツにとって重荷でしかない。元々、観光ビザで入国したフリッツが、長く滞在できないのはわかっていた。
だから精いっぱい声を張った。

「フリッツ。お別れ会をしましょう。田神に、都合を聞いてみます」
「ありがとう、正樹。あなたに泣かれたら、どうしようかと思いました」
「そんな子供じゃありませんよ。僕は頼りなく見えるかもしれませんけど、大人なんですから」
「良かった」

フリッツが近づいて、正樹を抱きしめた。
顔を見られないから、安心して背中に手を回し、肩に顔を埋めながら、正樹はくしゅと思い切り顔をゆがめて涙をこらえた。
ここで泣いてはいけない……。

「……まだ仕事があるので、先に帰っていてください。田神に連絡してから電話します」
「正樹……?」

気取られまいとして上ずった声に、フリッツが顔を覗き込む。

「後で、居酒屋で飲みましょう」

何とか笑顔を作るのに成功した正樹に、フリッツは手を振って美術館を後にした。
どう話そうかと悩んだが、思ったよりたやすく正樹が別れを受け入れたのに胸をなでおろしていた。

「これが日本人の美徳というものかな」

二日後の午後にフリッツは、出発する。それはもう決定事項だった。
アエロフロートの空席はたやすく予約が取れ、深い悲しみを胸の奥に秘めた正樹は、昨日と変わらぬ顔でフリッツの傍に居た。
おそらく田神だけが、正樹の深い悲しみを理解していた。

「それにしても急だなぁ。驚いたけど、もう予定は変えないんだね、フリッツ」
「チケットの手配も済みました。田神さんともせっかく仲良くなれたのに、お別れは悲しいです」
「こんなに急にさよならだなんて、思いもよらなかったよ」
「わたしもです」

田神はビールを注いだ。
居酒屋の生ビールは、本場のビールよりもフリッツの性に合うらしい。

「こういう事は、なるべく早く手を打たなければなりませんから。幸い、通貨が共通なので何とかなるのではないかと思っています。でも、多少の損は覚悟しないといけないでしょうね」
「僕もフリッツの仕事がうまくいくよう祈っているから」
「ありがとう、正樹」

ぷくりと涙袋がはれて、紅くなっているのを田神は見逃さなかった。きっと隠れて泣いたのだろう。
会計を済ませて店の外に出る前、田神は行こうとする正樹の腕を掴んだ。

「正樹。我慢するなよ。泣いていいんだからな。いいか?一人で抱え込むなよ」
「……大丈夫だよ。田神は心配性だなぁ」
「田神さん?」

様子の違う田神に、フリッツも訝しげな顔を向けた。
正樹が先に行ったのを見届けてから、田神は素早くフリッツに話を振った。




本日もお読みいただきありがとうございます。
昨日、覗いてくださった方、どうもすみませんでした。
パスワードの変更がなかなかうまくいかなかったのです。
しかも、何度も変更したので、途中からログインできない状態になってしまったのです。(´・ω・`)←やらかした~……すまぬ~
本日は通常営業いたします。よろしくお願いします。
……と思ったら、下書きのままで安心していました。(´・ω・`)……もう~

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