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波濤を越えて 24 

備え付けの風呂を見せると、想像通りフリッツは大喜びした。

「おお、ドワーフ(小人)の浴槽!」
「……成人男子が入る湯船です」
「あまりに可愛らしくて。でも、これに二人で入るのも楽しそうです。正樹は僕の膝の上に乗ってください。」
「つつしんでお断りします。どうぞ、ひとりで使ってください。シャンプーや石鹸は、隅に置いてありますから」
「え~……」

タオルを受け取ったフリッツは、露骨に失望の色を浮かべた。

「正樹は……不思議だ。とても可愛らしかったり、冷たかったりする。どちらが本当の正樹なんだろう」
「日本人はとてもシャイなんです。それに……今日初めて会った人の前で、いきなり裸になれるわけないでしょう。しかも一緒にお風呂に入るなんて。その上、膝に乗れだなんて信じられません」

そういう正樹の顔は、耳まで紅に染まっていて、フリッツは嬉しげに抱きしめた。
スキンシップには慣れていないが、きっと嫌がってはいないという確証があった。

「正樹は誰かと一緒に、夜を過ごすのは初めて……?」
「いいえ、初めてではないです。でも、あまり経験はありません……大学生の時に家を出て、そういう場所を自分で探して行ってみたのですが、怖い目に遭ったので……」
「怖い目?」
「そういうお店で働かないかと、しつこく勧誘されたり、どこかに連れて行かれそうになったりしました。お店のママが……男の人だったのですけど、声をかけてくれたので何とかなりました」
「そんなことが……」
「何も知らない素人が、一人でこんなところに来ては駄目よって言われました。危ないからって……ママとは仲良しになりましたけど、恋人を探すのはあきらめました。正直、勇気が出なくて……僕はきっとどこにも馴染めないんです」
「正樹に恋人がいなくて良かった」

フリッツは正樹の小さな顔を両手で挟み込むと、指先でそっと二枚貝の合わせに触れた。つややかな唇はふっくりと肉感的で、誰のものでもないのが信じられなかった。

「薄い桜貝のようです。正樹はわたしが怖いですか?」
「……怖くありません、あなたは……とても優しいから。僕をゲイだと知っても、態度を変えなかったし」
「誰かの個性を否定するなんて、考えたこともありません。あなたをひと目見た時から、きっとわたしは恋をしました」
「そんな言葉を信じても……?」
「可愛い正樹。勇気を出してください。あなたがわたしの恋人になってくれたら、とても嬉しいです」

長い逡巡の末、正樹はこくりと頷いた。
まともに恋ができると思っていなかった。
ハッテン場で最初に声をかけてきた男は、俗に言うメンズキャバクラに集まる綺麗専の客に、正樹のように何も知らない初心者を斡旋して金を得るのが仕事だった。
店のママに声をかけてもらえなかったら、どうなっていたかわからない。
親しくなったママから、かなり後になってそんな話を聞いた。



本日もお読みいただきありがとうございます。
正樹に初めての恋人が……( ノД`)良かったなぁ、正樹。まだ紹介されてないけど


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