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波濤を越えて 22 

母親は、正樹の膝に縋りつき、謝りなさいと泣いていた。

「正樹……正樹、早くお父さんに謝りなさい。」
「……何を謝るの……?わからないよ……」
「正樹はこんな本、興味本位で持っていただけよね。そうね?お母さんが騒いだのがいけなかったのね?そうだ、田神君に借りたのを忘れていたんじゃないの?」
「違うよ……その本は僕がネットで買ったんだよ。僕は……」
「ぅわーーーーっ!わぁーーーっ!」

突然、半狂乱になって地団太を踏み、わめき始めた母親の姿は、正樹がこれまで一度も見たこともない姿だった。
ぶたれて痛む頬よりも、殴った母の痛みの方がはるかに重いと知る。
じんじんと熱を持つ頬よりも、両親を傷つけてしまった自分を責めた。
本当は正樹も、いつか自分がより良い伴侶を得て、子を成し家を継ぐのが両親が求めているものだと分かっていた。
結婚後10年を経て、やっと自分を授かった両親にとって、正樹が人並みに過ごす事だけが望む幸せの形だった。
正樹は、間違っていましたと、その場しのぎの嘘を口にできなかった。
白くなるほど手を握り締めて、うつむく正樹にかけられた言葉は非情だった。
掌中の珠のようにして大切に育ててきただけに、両親には裏切られたという思いが強かったのだろう。
正樹を全否定する言葉が、容赦なく投げつけられた。

「在学中の学費と生活費は払ってやる。だが二度とこの家の敷居をまたぐな。本家にこんなことを知られたら、わたしは役員を首になるかもしれない。潔癖な義兄さんは元々、軟弱なお前が息子の直と仲良くしているのさえ気に入らなかったんだ。これを機に、相良家とは縁を切ってもらう。お前は好きに生きるといい。わたしには、お前を理解できない」
「正樹……お父さんに謝りなさい。もう一度ちゃんと考えますって言うのよ。ほら、早くっ」

何を考えろと言うのだろう。物心ついた時から、正樹がどれほど自分を責めたか、両親には知る由もない。自分たちの不幸だけを口にする両親を前に、失望の涙が静かに流れていた。
弟のように、可愛がっていた従弟との接触も禁じられて、正樹はすべてを否定されたと知った。
正樹は、必死の母親に寂しく微笑みかけた。
自分を否定してしまったら、もう生きていられなくなる。優しい嘘はつけなかった。
声を振り絞り、母に詫びた。

「ごめんね。お母さん……」
「正樹……っ!」

背後で泣き崩れる母親の声は切なかった。

独りで生きていくのは、だいぶ前から覚悟していた。
いつかは打ち明けようと思っていた。
ただ唐突に訪れたその日は、どうしようもなく突然すぎて、正樹には何も出来なかった。




本日もお読みいただきありがとうございます。
生きていると、思い通りにならない事はたくさんあります。
でも、自分でどうしようもないことを抱えるのは辛いね……(´・ω・`)


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