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波濤を越えて 20 

見ず知らずの外国人を、どうして家に上げようと思ったのか自分でも不思議だった。
これまで正樹は、ごく少数の限られた人としか付き合いがない。
おそらく、数少ない友人の田神などは唖然とした後、考えがないと言って怒り出すかもしれない。

それでも正樹は扉を開け、自分の領域に初めて誘った。
自分をゴッホの描くアイリスに例えた大きな男。
その横顔は、正樹の恋したマルスの石膏像に似ていた。

「わたしの顔に何かついていますか?」
「……っ。あ、いえ。狭いところですが、荷物を下ろして楽になさってください」

ふと、正樹は気づいた。
築50年の古アパート、6畳一間に、男は失望しているのではないかと。
誘ったはいいが、正樹がやっと浸かれる半畳もない湯船に、男は目を丸くするに違いない。
まさか、そういった行為をするためだけの連れ込み宿だと思われたりしないだろうか。
男は無言で入り口で部屋を見渡していた。
家を出て、美術館で非正規職員として働く正樹の城は、家具もほとんどなく、悲しいほど生活感がない。

「……ここがあなたのお城ですか?」
「ええ。殺風景で驚かれたでしょう。仕事場に近くて安い場所を探したら、ここになりました。今、僕はあなたを誘ったことを少し後悔しています」
「なぜ?」
「あなたをもてなせるものが、何もなかった事を思い出してしまいました。コーヒーも切らしているし、あなたがゆっくり足を延ばして眠れるベッドもないし……。でも誤解を恐れずに言うなら、僕はあなたともっと話をしたいと思いました」
「わたしも同じ事を考えていました。僅かな時間、話をしただけで、もっと話をしたいと思いました。会ったばかりなのに、あなたを抱きしめたいと思いました。だから、あなたに覆いかぶさった男を見た時、思わず手を出してしまった……」
「お互い、名前も知らないのに変ですね?」

出会って間がない相手が、同じ思いでいてくれたと知り、正樹は少し嬉しくなった。

「では、自己紹介をしましょう。わたしの名前はフリッツです。ドイツのローテンブルクから来ました」
「僕の名前は、正樹というんです。日本では良くある名前です」
「どんな字を書きますか?」
「え~と……こんな漢字です」

問われて正樹は傍にあったスケッチブックを取り、鉛筆で書いて見せた。

「漢字にはそれぞれ意味があると聞きました。あなたの名前にはどんな意味があるのですか?」
「漢字の通りだと、真っ直ぐな樹という意味があるのでしょうね。親の思いには背いてしまいましたけど……」
「スケッチブックの中を見てもいいですか?」
「ええ」

広げたスケッチブックのページをゆっくりめくりながら、フリッツは驚いて見入った。

「おお……!」




本日もお読みいただきありがとうございます。
正樹がフリッツとどうやって仲よくなってゆくのか、恋人同士になれるのか……
これから難問だぞ~、このちん。(´・ω・`)がんばるもん……


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