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小説・約束・32 

凛斗の影は動かない。
遠ざかる足音を気にしながら、良平はそうっと室内に入った。

「凛斗・・・?」

薄ぼんやりとした明かりの中、影だけを大きくして凛斗は床に倒れ込んでいた。
助け起こそうとして、凛斗の両手が、後ろに回されているのに良平は気づいた。

「あいつ・・・なんてことを・・・」

着物に使う絞りのしごきで、後手に縛められて凛斗は打ち捨てられた人形のように、床に転がっていた。
・・・意識はない。
細い黒髪が、乱れていた。

「病気なのに・・・。」

事情があって、この廃屋に隠れ住んでいる事は理解できたが、良平はこの現状を自分に説明できなかった。
とりあえず両手を解いて、驚くほど軽い身体を寝台に運んだ。
打たれた頬の色が、赤く変わっているようだった。
水差しの水を、手ぬぐいにかけてそっと頬に当ててやった・・・

「・・・ん・・・」

人の気配に気づいて、慌てて起きようとする肩を、押し戻した。

「心配いらないよ。寝てて。」

「佐藤・・・良平・・・?」

「うん。良平。大丈夫?息は苦しくない?」

良平は止めたが、ゆっくりと這うように、凛斗は起き上がった。

「叔父様を、見た?」

「うん。」

凛斗は、息をついた。

「続木男爵だよ・・・」

「相場で、失敗した?」

「そう・・・らしいね。」

「だから、お金がいるんだそうだ。」

と、凛斗はまだ会って二度目の良平に、色いろなことを話して聞かせた。

「もう、破産寸前だと聞いたけど、今のわたしにはお金の無心は誰にもできないから。」

「ああ、それで怒り狂っていたのか・・・八つ当たりしてたんだ。」

やっと納得がいった。

「あのさ。」

良平は、不思議に思ったことをあけすけに聞いた。

「凛斗は、男なのになんで「わたし」って言うの?」

濃い水色の硝子球が、じっと良平を見つめる。

「・・・3つのときから、女の子として育ったから。」

「何で?」

「わたしは、遠い国で生まれたんだ・・・」

うっとりと中空に、視線を泳がせて懐かしむように、凛斗は語った。

「そこは、うんと広い国でね。高台から地平線を眺めると、海と空が溶けているのが見えた。わたしはまだ小さかったけど、綺麗だった・・・すごく。」

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