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波濤を越えて 16 

過去を知るものでも、おそらく誰か気づかないだろう。

「驚かせたようだな」
「……いえ。お久し振りです」
「俺の事は、耳に入っているか?」
「噂は聞きました」
「そうか。見る影もなくなったんで驚いただろう?これが、時代の寵児と呼ばれた男の成れの果てだよ」

どう言えばいいかわからなくなった正樹は、自販機でコーヒーを買うと、柳瀨に手渡した。

「どうぞ」
「悪いな……ああ、うまい。コーヒーなんて何か月ぶりかで飲んだよ」
「そこに座りますか?」

息をついて柳瀨はベンチに腰を下ろした。
その様子はまるで人生に疲れ果てた老人のようで、哀れさがにじむ。自嘲的な口ぶりも、ただの強がりに過ぎないのかもしれない。
視線を落とし、問われぬままに柳瀨は言葉少なに今の境遇を語りはじめた。
債権者に追われている事、住む家もないこと、気が付けば故郷に向かっていたこと。
田神は、金の無心をされるかもしれないから気を付けろと、心配してくれたが、とりとめのない話を聞きながら正樹にはそうではないとわかってしまった気がする。
誰にも弱音を吐けなかったはずの、柳瀨の自尊心が哀れだった。

「噂はほとんど真実だ。だが、安心しろ。相良には金の無心はしないよ」
「……?」
「相良には、きっとどうしようもない額だからな」
「どうして……ですか?」
「ん?」
「聞いてもいいですか?柳瀨さんは、誰よりも頭脳明晰で、いつも自信に溢れていたじゃないですか。なぜ、こんなことになったんですか」

柳瀨は前を向いたまま、缶コーヒーを飲みほすと、疲弊しきっている顔を向けた。

「それは相良とは、きっと一生無縁の……一言でいうなら、慢心というやつだ」
「思い上がりですか……?」
「ああ。湯水のごとく金を使ったよ。キャバクラで一晩に300万使ったこともあった。事業が上手くいっているときは、周囲に持ち上げられて踊らされているのに気づかなかったんだ。金がなくなると同時に、周囲から波が引く様に人が消えていって、何もかも失ってやっと我に返ったんだ」
「柳瀨さん……」
「奴らに興味があったのは、俺の持っている金だけだった。皆、見事にいなくなったよ。結婚を考えていた女すら、マンションを手放すと同時に消えた。信頼していた友人は、金を持ち逃げしたよ」
「色々な事があったんですね」
「これが人生の引き潮と言うやつかと、笑ってしまったよ。一つ失敗すると、芋づる式にどれもこれも連鎖する。何もかも裏目に出る。虚無とはこういうことかと思ったよ」
「僕には難しいことはわかりませんけど……」

その時、あたりを照らしていた、野球場の外野スタンドのライトがふっと消えた。
おそらく10時を回り、社会人野球の練習時間が終ったのだろう。
辺りを照らすのは、ぼんやりとした公園の街灯だけになった。

「ああ……もう遅い時間なんだな。すっかり話し込んでしまった」

柳瀨は立ち上がった。
慌てて正樹はポケットを探った。

「あの、柳瀨さん。失礼かもしれませんが、手持ちの金です。何か食べてください」
「相良……」
「明日も仕事があるので帰ります。お元気で……」
「待ってくれ、相良……もう少しだけ」

薄暗がりの中、柳瀨は手を伸ばすと正樹の腕を掴み、そのまま抱きしめた。
汗と鼻を衝くすえた臭いにむせそうになる。
そのままきつい煙草の臭いの唇が、強引に押し付けられた。

「やめ……っ、柳瀨さん。手を……手を離してください」
「何もかも失ったんだ。少しくらい哀れに思ってくれてもいいだろう」
「嫌です。僕が哀れに思ったって、事態はなにも変わりません」
「相良……っ」

それでも柳瀨は正樹を放さなかった。
肩に顔を埋めた柳瀨が、まるで縋りつく子供のようだと思う。

「……僕の知っている柳瀨さんは、強い人でした。今の姿はあなたらしくないです」
「君の知っている俺は、酷いことをして泣かせただけじゃないか。あれからずっと恨まれていると思っていたよ。顔を見るのも嫌だと、会ったとたんに逃げられるだろうと想像していた」
「当時の僕はあまりに子供で、何も知らなかっただけです。誰かに好意を寄せられることにも思いを返すことにも慣れていませんでした」
「……大人になっても相良は変わらないんだな。あれほど傷付けたのに俺を許すのか。相変わらず甘ちゃんで……綺麗な顔だ……今も、あいつと付き合っているのか?」
「柳瀨さん」
「ここでこうして話ができるなんて思わなかった。正直、うれしかった」
「柳瀨さん!あっ」

どっと芝生に押し倒される。



本日もお読みいただきありがとうございます。
(/・ω・)/あっ、押し倒された。
(´・ω・`)油断した~~


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