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小説・約束・27 

まだ早い時間に、帰宅した良平の顔を最初に見たのは、民さんだった。

「まあ・・・」

と言ったきり、しばらく驚いていた風だったが、すぐに手当てを思いついたらしかった。

「この場所じゃ、湿布をこしらえて張るわけにもいきませんねぇ。」

そういって、手ぬぐいを冷たい水に浸してくれた。

「喧嘩したんですか?」

熱ましい頬に、冷たい手ぬぐいは気持ちよかった。

「ううん。一発なぐられただけ。」

「・・・何も、こんなになるまで酷くぶたなくてもねぇ。痛みます?」

優しい手が触れると、痛みが消えるような気がする。

「ううん、平気。民さん、お母さんは?」

「あら、坊ちゃんと行き違いになったんですね。そこらへんで会いませんでした?」

母は、軍のトラックの運転手への昼食を届けに、つい今しがた出かけたらしかった。

「昼ごはん持って来ていないの?まだ、当分かかりそうだったよ。」

民さんは、声をひそめた。

「坊ちゃんはまだご存じないでしょうけどね、陸軍さんは供出米を受け取りに来るときは、泊りがけでゆっくりしてみえるんですよ。」

「中には、夜、芸者を呼べなんていう人も居るんです。」

その言葉に、何となく理解できた。
教練の退役軍人も、特高も、みんな似たようなものなのかもしれない。
トラックに乗ってきた、まだ若い将校も似たようなものなのだろうか。

「ありがと。民さん。」

父が頭が上がらないという人は、とても優しい雰囲気を持っていた。

「民さん、お父さんのおむつも変えたんだよね。」

「ふふ・・・そうですよ。だから民は若旦那様の秘密も知ってます。」

秘密・・・?一瞬、自分の秘密が心の中で首をもたげそうになる。

「坊ちゃん、お尻のほっぺたの左側に黒子ありません?」

「え!?何で知ってるの?」

手桶の水を、流しに移しながら民さんは言い当てた。

「若旦那様にも、ありましたもの。遺伝っていうんでしょ?今日は、お出かけはもう止めにします?」

「ううん。これから行ってくる。勝次って・・・知ってる?あそこも、出てるんだ。」

「赤ん坊、かわいそうでしたね。若旦那様がいらしたら、何とかしてくださったと民は思いますよ。」

「うん。僕もそう思う。」

良平は、語尾に力を込めて民に言った。

「まだ、お爺様にもお母さんにもきちんとは言ってないけど、ぼく医者になることにしたんだ。無理かもしれないけど、頑張ってみようと思って。」

「まあ・・・すごい。」
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