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caféアヴェク・トワの住人たち 3 

ある日、荒木が持ってきた直のケーキを見て、思わず松本は微笑んだ。

「これ、直が作ったんですよ。どう思います?」
「どうって?凝ってるな。」

四角いケーキをホワイトチョコレートでコーティングし、黒いチョコレートで蜘蛛の巣を描いてあった。
もう一方のチョコレートケーキには、白いチョコレートで蜘蛛の巣を描いてある。
そのどちらにも、マシュマロの小さなお化けがのっていて、マジパンで拵えたかぼちゃのランタンとこうもりが添えてあった。ハロウィン用のものらしい。

「随分こジャレてるじゃねぇか。ランチの?」
「ええ。でもそこが問題なんです。却下しましたから、落ち込んでいると思います。慰めてやってください。」
「良くできてると思うけどなぁ……。理由は?」
「手間と原価が割に合いません。ランチのケーキはまあ、言ってみればおまけみたいなものですからね。原価は一個当たりせいぜい100円以内じゃないと、もうけが吹き飛んでしまいます。子供や女性は喜ぶでしょうがね。」
「ああ、そういうことか。」
「こういう凝った物が作りたいなら、洋菓子店へでも行かないと。それか、単体で売るのなら話は別ですけど、うちはケーキ屋じゃないっすからね。焼き菓子はチーズケーキとタルトくらいにしてもらわないと、直の手が全部ケーキに持っていかれるんですよ。」
「そうだな。」

荒木の話は、もっともだった。
こういった手の込んだものを直が作り始めると、料理から抜けることが多くなり、厨房での荒木の負担が増える。
注文が込んできても、声をかけるまで気付かない事さえあった。

厨房を覗くと、肩を落とした直が、並んだケーキを前にしょんぼりと座っていた。最近、頑張って作ったランチ用の菓子を、荒木に使えないと駄目出しされることが増えている。
それはいつも、直の自信作だった。

「直。どうした?」
「あ……店長。」
「このケーキ、可愛いな。ねんねが好きそうだ。」
「ハロウィン用にと思って作ったんですけど、合格しませんでした。今日の賄いで使ってしまいます。由美ちゃんたちは、喜んでくれると思うから。」
「そうだな。商売をやっている以上、もうけを度外視するわけにはいかないからな。でも、俺は好きだぞ、こういうの。とても直らしい気がする。夢があるっていうか……一緒に食うやつと会話が広がりそうだ。」
「……店長……すん……っ……」

松本の胸に、直がとんと頭をもたげてきた。
両手で頬をはさんで持ち上げると、ほんの少し悲しげに笑った。

「……仕事だからな。荒木は、採算の事を考えただけだ。直のケーキにケチをつけたわけじゃない。」
「へこんでません……。大丈夫です。」
「なあ、直。俺は直がしたいようにしてもいいと思ってるぞ。直の腕なら、どこだって雇ってくれるだろうし、兄貴は顔が広いから、俺から頼んだっていい。うちじゃなくたって、好きなものが作れる場所の方が良いんじゃねぇか?」
「おれは、店長の傍がいいんです。……店長がいないと……いやです。」
「甘えん坊だなぁ。まだ、ママのおっぱいがいるのか?直は……ん?」
「おれ……母親の顔なんて知らないですけど、髭は生えていませんでしたよ……」

引き寄せて口づけると、目じりから雫が転がり落ちた。
気持ちにふんぎりが付かないのだろうと思う。
世界的に有名なパティシエ、黒崎が個人的に才能を認めたと言っても、菓子職人としての直には実績がない。新しい場所で、一から修行するのをきっと怖がっている。

幼いころに見つけた夢を、師と仰いだ男に蹂躙され、直は一度手放しかけた。
必死に立ち直った今、直が作るケーキは、店のコンセプトに合った簡単なものばかりで、本気で腕を振るっているとは言い難いのが現実だ。
直はこれでいいと言うが、目の前のケーキは上に向かおうとする直の心を雄弁に物語っていた。
一流の菓子職人になるには、板前のように、きちんとした師匠の下で相応の修行が必要なのだと松本も思う。
きっと手放してやったほうが、直のためだ。

「泣くな。」

松本は、抱きしめた直の髪の匂いを嗅いだ。




本日もお読みいただきありがとうございます。
商売になると気持ちだけではだめなこともあるのです。
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「荒木も悪気があったわけじゃねぇんだよ。気にすんな。」「だいじょぶです……」

くじけずに頑張れ、直。

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