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終(つい)の花 東京編 24 

ふっと微笑んで、直正は顔を近づけてやった。
一衛は病がうつるから近寄ってはいけませんと嫌がるが、いまさら失うものはない。
じっと一衛が直正を見つめる。

「直さまが見つけた死に場所は、薩摩ですか?」
「一衛……」

一衛にはわかっていた。
帝都までこうして流れてきたが、いつも直正の胸には会津の汚名を晴らしたいと言う思いがあった。それは今や、散り散りになったすべての会津藩士の切なる願いだったかもしれない。

「やっと一矢報いるときが来たのですね……逆賊ではなく官軍として。」
「一衛には御見通しだったな。落城の折、一衛に死ぬなと言っておきながら、やはりわたしは死に場所を求めていたようだ。鳥羽伏見の戦を何度も夢見て、飛び起きたよ。あれほどの剣戟の腕を持ちながら、足軽の持つ連発銃に倒れた叔父上や、自慢の朱槍を交えずして敗れた林さまの無念を思うと……何をしていても、ずっと気持ちが晴れなかった。時代が変わったと分かっていても、何の落ち度もない会津を貶めて踏みつけにした奴らを、心の底ではやはり許せていないのだろうな。会津の汚名を晴らしたいと、思っている。」
「皆さまと分け合ったお殿さまの泣血繊を、こうして一衛も持っております。ほら……」

藩主容保公が、降伏式で頭を下げた緋毛氈の端切れを、ほかの会津武士と同じように肌身離さず一衛は持っていた。
嗚咽をこらえて涙の向こうに藩主の姿を見たのが、会津での最後だった。
悔しくて悔しくてたまらなかったあの日を思い出す。

「これまで、よく我慢したな。」
「あい。直さま……行ってらっしゃいませ。御武運をお祈りしております……」
「一衛と二人分戦ってくるからな。そうだ、そなたの髪を少し切ってもいいか?」
「あい。戦のまじないはできませんけど、一衛もともにお連れくださいませ。」

互いに一房ずつ髪を切り、懐紙に包んだ。

*****

二人、並んで壁にもたれていた。
一衛の息がかかると、病がうつりますと涙ぐむので、並んでそうしている。
既に肺臓は腐りかけていて、何が起きてもおかしくはありませんと、医師からは告げられていた。

「一衛。寂しくはないか?」
「目を瞑れば、いつでも直さまの広いお背(せな)が見えますから。」
「可愛いことを言う。」

身体をずらすと、何やら懐から小さな包みがかさと落ちた。

「ん……なんだ?」
「軸が折れていたのですけど、何とか直して……一太郎ちゃんにあげようと思って……。時々、お染さんが連れて来て、窓の下から手を振ってくれるんです。何もあげるものがなくて……」
「そうか、お染さんか。律義な娘だな。あれから一度も会っていないが、子供はもう大きくなっただろうな。」
「もうすぐ、下の子が生まれるそうですよ。教えてあげたら、一人で飛ばせるかもしれませんね。こんな玩具でも喜ぶかなぁ……」
「わたしに父上が教えて下さったように、一太郎にもきっと父親が教えてくれるだろう。」
「そうですね……もうご亭主はお侍ではないそうですから、一太郎ちゃんはずっと父上と過ごせますね。」

幼いころ、父親を恋しがって涙ぐんだ一衛だった。
胸から落ちたのは、直正が日新館に通い始めたころ拵えてやった、不格好な竹とんぼだった。
まだ寺子屋へも通えない一衛のために、一緒に遊ぶよう什の仲間の分も作ってやったのだ。
増水した鶴沼川に落として泣いた一衛のために、飛び込んで拾い上げたものだった。

「こんな壊れたものを、まだ持っていたのか?」
「これは……直さまが初めて下さったものだから、一衛の宝物なのです。」
「時間があるから、新しいものを作ってやろうか?」
「では、一太郎ちゃんに作ってあげてください。わたしにはこれがありますから……。」
「よし。これからすぐに作ってやろう。」

直正は庭箒をもってきて柄の部分を使い、器用に削ると、瞬く間に竹とんぼをこしらえた。

「これをそのまま庭に戻したら、婆さんが驚くかな?」
「一言断らないと、気の毒ですよ。腰を抜かしたらどうするんです。」
「一衛は二階の窓から見て、笑っていればいい。」

寸法の短くなった柄を見て、一衛は楽しそうに笑った。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

一衛は大切に壊れた竹とんぼを持っていました。
懐かしいね……
時は確かに流れてゆきますけど、一衛の時は止まったままなのです……(´;ω;`)

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