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終(つい)の花 東京編 20 

警視庁に出仕しようとした直正は、島原屋の裏口に若い女性が佇んでいるのを見た。
着ているものは粗末だったが、どこか垢ぬけて小股の切れ上がった女だ。
商売女なのかもしれない。
懐に、幼子を抱いていた。

「あの……もし。」

声をかけられる覚えはないのだが、整った細面の面差しはどこかで見たような気がした。

「ここに濱田一衛さまという方が、おいでになると思うのですがお達者でしょうか?」
「一衛の知り合いですか?今日はあいにく臥せっております。」
「そうですか。あの……あたしは、お染といいます。聞いていませんか?一衛さまにお助けいただいた……以前、ここで太夫をしておりました。」
「足抜けした花魁を助けたという話は聞いたことがありますが、あなたはその……?」
「はい。」

女は深々と頭を下げた。

「お助けいただいたお染です。同郷のよしみで助けてあげようと言われ、何も考えずにお言葉に縋ってしまいました。ずっと気になっていたのですが、お店と兄さん方が怖くて足がなかなか向かず、お礼も言えないままでおりました。」

一衛の言葉を思い出す。
詳しい話はしなかったが、誰かを助けるために武士としての矜持を守ったと、言っていたのではなかったか。

「同郷でしたか。」
「お具合がよくないと聞いて、いてもたってもいられず参上しました。……あの、あなた様は、お出かけの途中だったのではありませんか?」

直正は、懐中時計を取り出すと、時間の確認をした。

「……半時くらいなら大丈夫です。わたしが一衛に伝えておきましょう。無理をすれば会えなくはないと思いますが、一衛は胸の病なのであなたのややにうつるといけません。一衛は、あなたの役に立ったのですか?」
「あたしとこの子の命の恩人です。一衛さまがいらっしゃらなければ、あたしは違う店に売られてゆくはずでした。花魁から格子女郎か飯盛り女郎に身を落とす定めでしたから、この子は生まれていないと思います。落籍のお代を……一衛さまが薩摩さまに払ってくれたので、わたしは苦界から足を洗えたんです。ここを出るときに、島原屋の旦那がそうおっしゃっていました。一衛さまはあたしの代わりに足抜けの折檻を受けて、その上、借金を肩代わりして払って下さるお約束をなさったそうです。だから、お前は自由になれたんだよと……」
「……そうらしいな。」

女は、お染という名で、12歳で会津から女衒に手を引かれてやってきたと言う。
水飲み百姓の出で、学のない分、相当な苦労をして芸事を習得し、花魁にまで上り詰めたということだった。
とうに覚悟を決めた水揚げの日に、これから身を売る毎日が続くと考えて怖くなり、後先考えずに逃げ出してしまったのだと申し訳なさそうにお染は語った。

「まったく一衛らしい。情けないが、わたしもその話はつい最近知ったばかりだ。それで、お染さんは今はどうしているんだい?」
「上野の牛鍋屋で、女給をして働いております。」
「ああ、それでどこかで会った気がしたのか。」
「はい。先日、お店に来ていただきました。その時、お連れの一衛さまが御病気だとお話をしているのが耳に入りました。」
「ああ……会津の連中と店に行ったときか。」
「大恩有る一衛さまが御病気だと聞いて、いてもたってもいられず、せめて滋養のある牛鍋を食べていただこうと思って……」

お染は下げてきた風呂敷包みを、直正に預けた。

「そうか。婆さんに預けておこう。その子は、何か月だ?」
「間もなく8か月になります。落籍(ひかせて)いただいてからすぐに、お店に来る会津の方と所帯を持ってややを授かりました。」
「そうか。よかったな。」
「一衛さまにどうぞよろしくお伝えください。お染は、一衛さまのおかげでややを授かって元気にしておりますと。」
「同郷のものと一緒になったということは、お染さんのご亭主も邏卒になったのか?」
「いえ、旦那さまは賄い方の下役人だったものですから、牛鍋屋の手伝いの方が性に合っているようです。やっとうは余り得意ではなかったようです。」

直正は思わず破顔した。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

一衛が助けたお染さんは、無事に落籍できたのですね。
でも、そのせいで一衛は……(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚

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