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終(つい)の花 東京編 18 

「薬玉や鼈甲のかんざしを挿すように言われたり、髪を切れと言われたり……今はご覧のとおり、髷も結えぬみっともない姿になりました。」

少し悲しげに言う一衛の顔は、熱のせいでほんのりと紅が咲いていた。

「みっともないことなどあるものか。どんな姿でも、一衛はいつも器量良しだ。かといって、か弱い女子のようではなく、野に咲く竜胆のように凛としている。」
「直さま……戦がなかったら、きっと直さまが一衛のただ一人の兄分でした。」

向けられた悲痛な瞳に、戸惑う。
これまで直正に何かをねだったことなど、一度も無い一衛だった。

「一衛は、前髪の幼い頃からずっと、直さまだけが好きでした。ですから、い……一度だけ……一衛を……。雪解けの頃の根雪のように、すっかりこの身は朽ちて汚れてしまいましたけれど、今もわたしを弟(おとと)のように愛しいと思っていてくださるなら……。」

ひたと、視線を据えた。
思いつめた瞳が雨に濡れた黒い碁石のように光る。
思わず手を伸ばして、深く抱く手に力を込めた。
強く抱いていないと、このまま儚い淡雪のように手のひらで溶けてしまいそうだ。

遠慮がちに口にする、すっかり線の細くなった一衛は帝都に来て三年、19の若さで死期を悟っていた。
兄とも思う人に抱いてくれと俯いたまま消え入りそうな声で、初めて秘めた心の内を打ち明けた。
余り日の差さない雪深い国で生まれた一衛の肌は、死病を得て今や透き通るように白い。

「もう、何度も……後孔は使われてしまって、菊門の皮膚は硬くなってしまいました。それでも一衛はできるなら、直さまに求めて欲しいのです。例え一度きりでもいいのです……」

直正は軽くなった一衛を抱く腕に、骨も折れよと力を込めた。

「悲しいことを言う。一衛はわたしの終の相手だ。一衛はずっとわたしだけのものだ。」

嗚咽が喉をついた。

「ああ……うれし……それをお聞きしただけで、一衛は一生分の良いことを、神仏に頂いた気がいたします。」
「馬鹿なことを。まだこれからじゃないか。島原屋には話をつける。もうお前にこんな格好をさせない。」

雪見障子から見える、鮮やかな紅葉が一衛のどこまでも白い肌に一枚舞い降りて映えた。
吹き込んだ一陣の風に、直正は思わず窓外に目を向けた

「懐かしい色だ。この坪庭にある紅葉は、まるで会津の奥山のもののように色が濃いな。」
「……そういえば二人で何度も山に行きましたね。粗末な弁当と糒(ほしいい)を持って。」
「覚えている、一衛はいつも勇ましい口ぶりだったが、本当は風の音にも怯えるほど弱虫だった。」
「あい。帰り道はいつも、お背(せな)におぶっていただきました。江戸に来る道中も、一衛は直さまと昔のように、ご一緒出来たのがとても嬉しかった。」

まるで、道行のようと、口にしては不謹慎だと思い、言葉にはできなかったけれど……。
心中者のように、死に場所を求めてここまでまいったような気がするのです……と、一衛は静かにつぶやいた。

つっと頬を一筋、煌く露がころころと転がってゆく。
直正が指を這わせた一衛の肌は、病のせいか熱いばかりでまるで潤いが無く、求めてもつながるのはすぐには難しいだろうと思われたた。
直正は時間をかけて、優しく油と唾を絡めながら濡らし、軽くなってしまった一衛を抱え上げた。
膝の上で、そっと揺すると少しの抵抗の後、ゆるゆると直正の茎が一衛の哀れな菊門に沈み込んで行く。

「あ……ぁ……直さま……」

もどかしげに、指が直正の膝を掴む。
時間をかけて解さぬとも、濡らされただけで容易く緩んで受け入れる場所が、互いに切なかった。
直正は世間知らずではない。
頑なな菊門がこうなるまでには、どれほどの目に遭ったのだろうと、一衛が哀れでならなかった。
穢れてしまったと恥じた一衛に、おまえの清浄な魂に傷が付いたわけではないと、目頭を熱くした一衛の涙を吸う。
元より会津の武家出身、命はとうに北国に置いてきた。
落城のあの日、お城で家中の者と共に死ぬのを願っていた。
くれぐれも若者は死んではならぬ、お家のために生きるのだと、城代家老に固く諭され、命を捨てる機会はいつかあると言われて、一衛の手を引き自害を押しとどめ、ここまで流れてきたのだった。
おまえが会津の土になれば……と、耳朶をくすぐるように心を込めて、耳元にささやいた。

「わたしは、いつか大地を渡る風になって、どこまでも一衛の側にいる。だから、いつ別れが来ても泣くことはない。わたしはいつでも……とこしえに一衛の傍にいるのだから。」
「幼き頃よりの夢が……やっと、叶いました。ああ……あ……」

初めて己の中に、ずっと慕って来た直正を迎え入れ、一衛は咽喉をそらして大きく喘いだ。

「あぁ……あの、頑是無い頃にもう一度、戻れたら……」

胸の中で、くっと咽んで一衛が啼いた。
ただ一度の肉の交わりに、消えかかった一衛の命がゆらと揺れた。




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