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終(つい)の花 東京編 16 

直正は一衛の姿に言葉をなくした。

「その恰好は……?」
「お客さまとお会いするときは、こういう姿になるのです。似合いませんか……?」
「い……や。」

病気で血の気のない顔をごまかすために、薄く水白粉を塗り、元々桜の花のようだった唇と目元に紅を刷いていた。
その姿は、まるで雪原に舞い降りた丹頂鶴の風情だ。
男とも女とも付かぬ化粧を施して、息を短くつく一衛が、ひときわ艶やかに美しく見えた自分の目を恥じた。
そこにいる一衛は、これまで直正が知っている、どこの誰よりも凄絶に美しかった。

「……一衛。すまぬ。」

直正は手をついた。

「知らなかったとは言え、守ってやれなかった。すまぬ。わたしの落ち度だ。」

思い返せば、職探しに出かける度に、何度も直正の筒袖を意味ありげに引いた一衛だった。
何があったと問うても、かぶりを振るばかりで、それ以上直正は詮索もせず、一衛を置いて街に出た。

「……一衛がすべて自分で決めたことです。誰のせいでもありませぬ。」
「それは違う。」

一衛の手を引き、焦土と化した国許を後にしたのは、直正一人の考えだった。
藩公の血涙を吸った緋毛氈の欠片を懐に、幾度も武家の誇りも意地も踏みにじられたのを、二人で支え合ってきた。
職探しにかまけ、長いこと一人にしてしまった自分が悪いと、直正は深く恥じ入った。

「島原屋に付け入られたのは、いつまでもこんな所に逗留を続けたわたしのせいだ。もっと早くに、どこか違う宿を見つけていたら、こんな目に遭わずに済んだはずだ。」

直正は、振り絞るように何度も詫びの言葉を繰り返した。
伸ばした細い腕の内側に、赤く散る吸痕を見つけて、ついに直正ははらはらと落涙した。

「すまぬ……。嶋原屋を心底信用していた。一衛の身がこのように貶められているとは。すまぬ……一衛。仕事を求めて奔走している間に、このような災厄に見舞われていようとは……」
「直さま。お手をお上げください。一衛は、これでも武士の矜持を貫いたつもりですのに……人を助ける理由がなければ、一衛も会津の男です、とうに自害しております。」

やわらかく薄日のように微笑んで、一衛はいつもと変わらない笑顔を向けた。

「矜持だと?こんな目に遭っていながら、なぜ微笑う……?」
「直さまが昔と変わりなく、まっすぐな方だから嬉しいのです。」
「答えになっていない。」
「お伝えしようと思いながら、一衛も機を逃しておりました。」

いぶかしげに直正は一衛を見つめた。

「伝えたいこと……?」
「実は……もう胸の病は治らないと、お医者さまに言われました。」
「馬鹿な!……元気だったではないか……長引いているが、ただの風邪だと言ったではないか。」
「そう思っておりましたが……一衛は、労咳を持って生まれてきたようです。赤子の時に、良く熱を出した話をしましたら、お医者さまがそうおっしゃっていました。母上が労咳であったかもしれないと言われましたが、今となっては分かりません。若いころは静かに潜伏していて、大人になったら何かをきっかけに潜んだ病が顔を出すのだそうです。」
「では、やはり無理な道中のせいではないか。」
「いいえ、直さま……動乱の中で、ここまで良く生きてきたねと、お医者さまがおっしゃいました。考えてみれば、一衛はいつも熱を出す弱い子供でした。母上にも、一衛の命は直さまが神仏にお願いして下すったものですよと、何度も言われましたし、直さまのおかげで生き延びてきたようなものです。」
「藪医者の見立て違いではないのか?」
「話を聞くと、腑に落ちることばかりでした。」

直正は手を伸ばし一衛の冷たい頬に触れた。

「お前の守った矜持とは何だ?こんな目に遭わせるために、会津から手を引いて来たのではない。なぜ、そんな風に落ち着いていられる……?」
「直さま……」

驚いたように一衛が直正を見つめる。
静かに直正は泣いていた。
いくつも転がる止まらぬ雫に、一衛はそっと柔らかい唇を寄せた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(´・ω・`)

(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚「直さまのせいではありませぬ……」「一衛、すまぬ……」

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