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終(つい)の花 東京編 11 

山に入って栃の実を拾ってくるのは、子供たちの仕事だった。
栃の実は、貧しい会津の保存食の一つだ。
競い合うように大きな袋をもって、一衛も張り切って直正の後をついて山に入った。

「直さまより先に、袋をいっぱいにします。」
「そうか、わたしと競争だな。一衛はこの木の下で拾うのだよ。昨夜、大風が吹いたから足元にたくさん落ちているだろう。」
「あい。」
「わたしは、少し先にいるからね。ほら、右側に大きな木が見えるだろう?大きな声で呼べば聞こえるし、時々戻って来るからな。」

危なくないように、平らな場所にある大きな木を一衛のために残して、直正は斜面にある木の実を取ることにした。
一人置いて行かれた一衛は、しばらくの間は夢中になって栃の実を拾っていたが、傍に木の葉が落ちてかさと音を立てると、すぐに心細くなってしまった。
見上げれば、栃の大木は轟々と梢を鳴らし、何か動物が潜んでいるのではないかと一衛は風の音に怯えた。

「……直さまぁ……」

小さな声で直正を呼んでみても返事はない。

「やっぱり、直さまの所に行こう。よいしょ。」

一衛は栃の実の入った袋を引きずって直正のもとに急いだ。

「一衛?」
「直さま。」
「まだ半時も経っていないぞ?もう一杯になったのか?」
「あ……の……。」

風の音が怖くて、直正の傍に来たかったなどと言えなかった。

「ん、袋に穴が開いてしまったのか?」
「あい。」

引きずった木綿の袋に穴が開き、そこから実がこぼれていた。

「あはは……ご覧よ、落ちた栃の実で、一衛の通った道ができている。さあ、拾いながら行こうか。たくさん拾ったのだな。」

ぽろぽろと零れた実を拾いながら、元の木の所まで戻った直正は、風が梢を揺らす音に気付いた。
きっと怖くなって、袋を引っ張って駆けてきたのだろうと思う。

「風でたくさん落ちているね。こんなにあるなら、わたしもここで一衛と一緒に拾えばよかったな。ここでもう少し、拾ってゆくか。」
「あい。」

栃の実でいっぱいになった大きな袋を肩に担いで、直正は一衛の手を引いた。
いつも手を引かれていたような気がする。

「直さま……」
「うん。」
「一衛も袋を持ちます。」
「いいよ。山道は石が多いからね、転ばないように気を付けて歩くんだよ。」
「あい。」

*****

ふと見た直正の手は、荒仕事で荒れていた。
節に大きな痣があるのを見つけて、そっと指を伸ばした時、直正は触るなよ、痛むからと笑った。
もっこで煉瓦を運んでいた少年が、足を滑らせて大来に倒れそうになったのを助けた時に、煉瓦で挟んで負った傷だという。

「上野の戦で父上をなくして、母上と幼い弟を養っているのだそうだ。感心だろう。」
「あい。」
「なんだか、いじらしくてね。ほおっておけなくなったよ。この餅は、その子の知り合いがいる和菓子屋で求めたんだ。その子にも持たせた。」
「直さまはお優しいから。」
「いや、そうではないよ。その子が、弟がいるから自分は頑張れるんだと言っていたんだ。なんだか一衛とわたしのようだなと思ってしまってね。」
「一衛は……直さまにご迷惑ばかりおかけしています。」
「ほら。またそんなことを言う。わたしはね、一衛がいるから頑張れるんだ。一衛が思っているような強い人間ではないよ。叔母上にはいつか打ち明けたことがあるんだが、一衛がわたしをお日さまを見るような目で見るから、何があっても腐らずにいられるんだよ。道中だって一衛がいなかったら、きっとわたしはすぐに頭に血が上って、些細な喧嘩で命を落としていただろう。どうやらわたしは、人一倍自尊心が強いようだ。侮辱されると、血が逆流してしまう。」
「直さま……」
「頭では時代が変わったと分かっていても、いつまでも会津武士の誇りを捨てられないでいるんだろうな。わたしは、一衛が傍にいないと暴走する猪のような男なんだよ。がっかりしただろう?」

一衛はくすりと笑ったが、その拍子に目じりに溜まった雫が、ぽろと転がった。。

「いいえ。一衛は変わらない直さまが大好きです……。」
「そうか。」
「あい。直さま……一衛の直さま。一衛には直さまだけです……」

腕を伸ばして、直正の首に巻き付けた。これまでそんな風に一衛は甘えたことがない。
直正は不思議に思った。

「一衛……?」
「忘れないでください。一衛の命は、直さまが下さった物です。」
「うん。」
「直さま……何があっても、たとえ天地が逆さまになっても、一衛は直さまのお傍にいます。」
「今生の別れのようなことを言う。何かあったのか?」
「いえ……咳がとまらなくなってしまって、不安になってしまったのです。早く良くなりたいから……やっぱりお餅を頂きます。」
「そうか。茶をもらって来よう。美味いぞ。」

部屋を出るとき、ふと振り返った直正の目に、一衛はひどく儚く見えた。
夜空に浮かぶ、玲瓏と透き通った凍える月のように……。




本日もお読みいただきありがとうございます。(´・ω・`)
直正は気づくのでしょうか……


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