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終(つい)の花 東京編 6 


一衛が感じたとおり、この男にはもう一つの酷薄な顔がある。
もっとも、冷酷でなければ、多くの女性に春をひさがせる廓の主など勤まるまい。

京から来てすぐ、売りに出ていた娼館を安い金で買い、手を加えて新政府役人相手の高級娼館に改築したところこれが当たり、今では役人にも顔が利くようになっていた。
公家崩れというのは作り話ではなかったが、別段悲劇の会津公に思い入れはない。
会津が降伏したと聞いたとき、生真面目な忠誠心など、持っていたところで腹の足しにもならない、武士の矜持など、そこいらの溝(どぶ)にでも放り込んでしまえばいいものを、と笑ったくらいだ。

二階の窓から二人の姿を見つけた時も、実際は面倒な関わりを恐れ、見て見ぬふりをしようとした。
だが、そのとき日向は、うつむく一衛の端整な顔を見て不意に思い出した。

新政府では内閣が組閣され、男色の盛んな薩摩から、政府の高官に推挙された多くの者が上京している。
夜ごと、楼閣「島原屋」を訪れる上客に、どこかに見目良い少年はいないかと問われ、あちこち手を尽くして探していたのだ。

今は東京と名を変えた江戸には、昔からそういう職業の少年が大勢いたが、大きな戦以来、男色を禁忌とする西洋人の影響を受け数が減っていた。
気軽に抱ける菖蒲や杜若のような清々しい美少年は、いたとしても世間から隔離されて、過去を愛でる粋人の屋敷の内奥に、ひっそりと深く隠されているのだろう。
礼儀をわきまえた品のある武家の少年など、日向の知ってる場所にはいなかった。
あけすけで下品なあばずれがしおらしくふるまってみても、付け焼刃はすぐにばれる。
次こそは……と、二つ返事で引き受けたものの、登楼するたびに催促され、すっかり気が重くなっていたところだった。
ふと目をとめた涼やかな一衛の美貌に、邪まに抜け目なくこれは商売に使えると目を細めた。
何しろ、腰には時代遅れの大小すら帯びている。
これ以上の上物はなかった。

実際、病を得てからの一衛は、元から白い肌がより抜けるように白くなり、穢れのない新雪のような雪白(せっぱく)という言葉が似合う。
会津での一衛を知らない日向は、傍らに腕の立つ相馬という男がいなければ、とうの昔に誰かの毒牙に掛かっていただろうと思っていた。
もしや衆道の関係かと思い、それとなく話を聞いてみれば従兄弟同士だという。互いにかばい合って、戦禍で荒れ果てた国許から流れてきたということだった。
元々小柄な一衛の見た目は、雅を知る公家崩れの日向さえ、手折ってみたいと甘い嗜虐の念を抱かせた。

*****

「島原屋。会津から取り寄せたという花はどうなったのだ?もう待てぬぞ。披露目はいつだ。」
「手に入れた雪割草ですか。どうにも蕾が固くてね、無理をさせるとぽろりと花芽が落ちてしまいそうなんですよ。大切に育てております。」
「なんだ。気を持たせると思ったら未通(おぼこ)なのか。」
「左様でございます。初物をいただくのも、ご一興でございましょうから、御辛抱してもう少しお待ちください。」
「そういえば、約束の百姓娘の方の水揚げは今日だったかな?」
「あの娘も江戸の水に馴染まずに、ずいぶん手を焼かせましたが、何とかものになりました。振袖新造の水揚げ代金、どうぞよろしくお願いいたします。初物はどれも、お高うございますよ。今宵の花魁道中も贅を尽くしたものになりそうです。」
「欲の皮の突っ張ったやつめ。よかろう、言い値を払ってやるから、足りぬ時は言え。」
「ありがとうございます。飛ぶ鳥を落とす勢いの薩摩さまなら、そうおっしゃっていただけると思っておりました。そろそろ支度もできた頃かと……様子を見てまいります。」

ぽんと煙管を煙草盆に打ち付けた時、どこかで「足抜けだ!」という声がした。
思わず大久保の腰が浮きそうになるのを見て、日向はふっと口角を上げた。

「おや。大久保さま。花魁道中よりも、思わぬ面白いものが見れそうでございますよ。御見物なさいますか。」
「ん?なんだ。」

日向に誘われて、大久保という男は窓に寄った。

「おお……!」

*****

直正が職探しに出ている間、伏していた一衛は誰かが叫ぶその声を聴いた。
そっと覗くと、塀の向こうで、一衛よりも年下と思しき娘が、血相を変え絢爛豪華な打掛を引きずって素足で走ってゆく。
手に手に天秤棒を持って、追手が追いかけてゆくのを見て、一衛は思わず往来に走り出た。





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