FC2ブログ
FC2ブログ

終(つい)の花 67 

松平容保・喜徳父子は政府軍の軍門に下り、降伏を請う降伏式が行われた。

新政府の役人は一段高いところで、椅子に座ってふんぞり返り、敗軍の将は緋毛氈の上に敷かれた粗莚(あらむしろ)の上に直に平伏した。
藩士たちは深々と首を垂れる容保の姿に、一様に涙した。
武士の命でもある大小も差さず、丸腰で麻裃だけを着けた容保の心中を思うとたまらなかった。
容保は恭しく謝罪書を手渡し、重臣たちの嘆願書は萱野権兵衛が持参した。
この時、容保は密かに鞘から抜いた小刀を伴の者に持たせていたという。耐え難い恥辱を受けた時には自害するつもりであった。

新政府軍の中村という男は、のちに容保の差し出した謝罪書は難解で読めなかったと打ち明けている。
降伏に当たって、城中の傷病者は青木村に退くことになった。
14歳以上60歳以下の家臣の男子は、猪苗代に移って謹慎するようにと言い渡された。
銃器、弾薬はとりまとめて、開城の日に官軍へ引き渡すことになり、一衛の銃も取り上げられた。
がらがらと荷車に放り込まれる武器は、みな旧式のものばかりで、新政府軍は「よくもこんな古いもので、我らと戦う気になったものだ。」と、声を上げて嘲笑していた。

「直さま、わたしの銃が……」
「今は耐えろ。殿でさえ、憎い薩長に頭を下げたのだ。しかし、この光景は決して忘れまい。胸に刻んでおこう。」
「あい……」

泣くまいとして歯を食いしばっても、悔し涙があふれてくる。
理不尽の波にさらされる容保親子の心中を思い、藩士たちは皆しのび泣いた。
至誠の容保がなぜ、朝敵の汚名を着せられ、逆賊と罵られねばならないのか。
自分たちの払った多くの犠牲は何だったのか。
多くの者が愛する血族を失っていた。

後に、会津藩士はこの日の悔しさを忘れぬように、容保が平伏した緋毛氈の切れ端を分け合って、密かに懐に忍ばせた。
それを秋月悌次郎が「泣血繊」(きゅうけつせん)と名付けた。
文字通り、会津の血涙を吸った緋毛氈という意味だ。
血の涙を吸った小さな布を胸に、生き残った会津藩士は首を上げて苦難の道を行く。

*****

転封された土地は下北の斗南と決まった。
移住した者たちは、極寒の北の地で地獄を見た。
数度にわたる大飢饉で、それまで治めていた南部藩には、流れてきた会津人に融通する余分な食料もない。
新政府は、杖をつきやっとの思いで移動する老人にさえ乗り物を出すのを拒んだ。
交わした約束を反故にした理由は、罪人を乗せる駕籠など用意できないというものだった。
移動の路銀用に下賜されたわずかな金も、食料もすぐに底をついた。
どこに行こうと、逆賊の会津藩という烙印が、重くのしかかってくる。

それでも新天地で刀に替えて鍬を持ち、いつか会津を再興できればと、人々は夢を持った。
だが、新しく得た転封の地、斗南(となみ)は、作物の生育にはとても適さない荒涼とした地で、枯れた木の根と石ばかりが目立つ痩せた土地だった。
やっとの思いで開墾し芽が出ても、収穫の時期になるとイナゴが襲った。
すべて食い尽くされた畑に、燃やされたイナゴの死骸が山積みになったのを、涙も枯れ果てた元会津藩士と家族が見つめる。
悲惨に餓死するものさえ少なくない。誇りは飢えに穢された。
少ない食べ物を求めて奪い合う姿がそこにあった。
籠城で生き残った老人が、世をはかなみ喉をついた。

一藩総流罪ともいえる新政府の過酷な仕打ちに、人々は涙も枯れ果て力尽きてゆく。
山川大蔵は苦労を重ねる民のためにと、血を吐く思いで新政府に頭を下げ金を無心したが、わずかな金はすぐに尽きた。
誇り高い会津武士が、地元の子供たちに豆しか食えない鳩侍と揶揄され、会津のゲダガ侍と陰口をたたかれた。
ゲダガというのは地方の言葉で、毛虫のことを言う。
毛虫のように、野の葉でもなんでも食えるものは口にしたのを、こういわれた。干した大根の葉でも、食べられるのはまだ良いほうだった。
家老の胸に抱かれて、再興の北の地に向かった幼い藩主容大(容保の息子、かたはる)も虱(しらみ)にまみれた。





本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

会津藩は転封されて、斗南藩になりました。
少し調べると、どれほど斗南での暮らしが過酷だったか、涙なしではいられなくなります。
勝てば官軍といいますけど、もう少し敗者にやさしい国であったならと思わずにはいられません。
此花の住んでいる藩のお殿様が、佐幕派だったのがほんの少し救いです。
(´;ω;`) 「容保さま……」
泣血繊の小さな欠片は、白虎隊博物館(だと思う)で、大昔に見た記憶があります。
思ったよりも小さな布は、色も変わっていましたが、長く各家に伝わってきたのだろうと感慨深かったです。

此花咲耶

にほんブログ村 小説ブログ 歴史・時代小説へ





関連記事

0 Comments

Leave a comment