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終(つい)の花 66 

思わず問い返した。

「逃げるのですか?」
「そうだよ。」

それは、新政府軍の意向に逆らうということなのだろうか。

「殿は会津の子供たちに未来を託そうと申された。薩長への恨みもあるが、今は腹の中に呑んで、会津のこれからの道を探りたいと思う。皆が安穏として暮らせる会津のあり方を考えようと、山川さまとも話をした。薩長の作る新しい世の中が、どんなものか見てやろうと思う。腹などいつでも切れる。新しい会津で一衛とともに生きられるなら、それでもいいのではないか。どうだ?」
「新しい会津……?」
「うん。皆、いったん散り散りになるが、落ち着いたら必ず会津に戻ってくるはずだ。何もかも失ったが、命さえあれば新しい会津を手に入れることもできるだろう。一衛もそう思えば、どれほど苦しくとも耐えられるだろう?わたしたちには、変わりなく殿がいらっしゃるのだから。」
「あい。」
「失ったものは多いが、何があってもわたしたちの故郷は、懐かしい人たちの眠るこの地だよ。いつか力をつけて、必ず会津に帰ってこよう。」
「あい、直さま……。」

そう返事をしたものの、落城の夜に聞いた、逃亡の話は、一衛には実現不可能なことだと思われた。
入城以来、力は微々たるものでも、城を枕に討死することが自分のとる道だと思っていた。
その上、新政府軍の兵は多く、猪苗代の謹慎所を抜け出すには苦労しそうだった。
街道にも会津兵を捕獲するための見張りは多いだろう。
上士である直正が逃亡し、新政府軍に捕えられたら、おそらく死罪は免れない。
罪人となれば、腹すら切らせてもらえず、斬首の辱めを受けるかもしれない。
会津藩士として、そんな生き恥をさらすような真似をしてはならなかった。
もし直正が敵と斬り合って命を落とすのなら、その場に共にいたいと思う。

「一衛は直さまのお傍にいたい。もう……置いてゆかれるのは嫌です。連れて行ってください。」

最後の戦いで山川大蔵の傍にいた直正は、聡明な山川の考えに感銘を受けていた。
山川は会津が敗れた後のことも考えていた。
これからの会津を作るのは、若い世代だと山川は語った。新政府軍に負けないよう、会津の子らは必死に学ばねばならない。
山川は実際に密かに自分の弟を謹慎所から抜けさせると、敵藩の藩士に預けた。
余談ではあるが、兄の志を胸に、会津のために死に物狂いで学んだ山川の弟は、のちに帝国大学の総長にまでなった。

「あ。誰か人が来ます。」
「誰しも思うところがあるのだろう。思案の邪魔をしてはいけないな。場所を変えるか。」
「あい……」

一衛が軽く咳をしたのを、直正は見逃さなかった。

「一衛……?夜風が冷たいか?」
「いいえ。土埃が舞っているから……少しむせただけです。」
「そうか、気を付けろよ。一衛は元々喉が弱いのだからね。」
「平気です。」

振り向けば、小柄な青年のように見えたその人は、懐から何かを取り出すと、壁にがりがりと刻書した。
しばらく月を見上げて、物思いに浸っていた様子のその人が残した一首は、万感の思いが込められた絶唱だった。

あすの夜は何国の誰かながむらむ 
なれし御城(みしろ)に残す月かげ

明日の夜はどのお国のどなたが眺めるのだろうか。
慣れ親しんだお城に(われらの思いを)残す月光。  山本八重




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
いつかはきっと帰って来る。そんな思いを胸に、会津の人は故郷を離れてゆきました。
山本八重さんは、大河「八重の桜、の主人公の八重さんです。
とても美しい歌だと思います。    此花咲耶

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