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終(つい)の花 54 

遅きに失したが、やっと会津藩は西洋式の軍制改革に着手した。
容保が初めて藩主として会津に入って行った追鳥狩の演習や、京都守護職時代、孝明天皇に天覧いただいた馬揃えも、伝統の長沼流兵法に乗っ取ったものだった。
それらの古い兵法はすべて捨て、会津藩の軍隊は仏蘭西式に刷新されることになった。
広い馬場に、招聘された軍人の仏蘭西語の号令が響く。

「1!(アン)2!(ドゥ)3!(トロア)」

鳥羽伏見の戦いで完膚なきまでに大敗し、洋式兵器の火力のすさまじさを見せつけられ、誰もがこのままではいられないと理解していた。
もはや鉄砲を身分ある武士が持つべきものではない、足軽の道具だなどと口にする藩の重役もいない。

一丸となった会津は、朱雀、清流、玄武、白虎とそれぞれ中国の伝説による神獣の名を冠した軍隊を作り、あらたに年齢別に編成された藩兵は三千人を超えた。
他にも農民町人からも兵を募り、猟師隊、修験隊、力士隊を加え会津の全兵力は七千人を上回ることになる。

避けられない戦争に備え、出来うるだけの兵糧や武具を揃えなければならなかった。
だが、京で散財した今、会津藩の金蔵に残された金子は僅かだった。
大砲奉行と共に城内の武器庫を確認した直正は、わかっていたとはいえ落胆を隠せなかった。
薩長が購入した騎兵銃は連発式で、一度に七発もの弾を連射することができる。
しかも装填、照準が容易で、銃の扱いに不慣れなものでも容易に的を狙えた。
それに引き替え、会津藩の武器は一世代前の物が大方を占める。
必死に武器を手に入れようと画策する中で、軍事方は粗悪な品物を大量に売りつけられていた。
火縄など前時代的な物が多くヤーゲル、ゲベールなど旧式の銃さえ足軽以上の上士には使えるものは少ない。
武器庫に入っていた直正は、珍しくぼやいた。
その手には、旧式銃がある。

「……どれもこれも古いものばかりだ。ミニエー、スピンドルなどの新式銃はほんのわずか。ゲベールと火縄しかない上に、鳥羽伏見で使用したものは壊れたものが多い……。」
「直正。山本覚馬どのが長崎で調達したという銃はどうなったのだ?聞いていないか?」
「ツンナール銃の事なら、山本さまから直接京都でお聞きしています。三千丁もの鉄砲を手配できたまでは良かったのですが、残念ながらプロイセンから弾薬が到着するまでに鳥羽伏見の戦が始まってしまったのです。弾が無ければ銃が揃ってもどうしようもありません。魂のない仏のようです。連発銃の弾薬は、まだ日本では作れませんから。」
「そうか……仕方がないな。お主も知ってのとおり、正直、会津は遅れているからな。山本さまが、何度も意見書を建白したのを、ご重役がお取り上げにならなかったのが、今更ながら悔やまれる。山本さまは京で囚われの身となって以来、行方が分からないのだろう?」
「さだかではありませんが、薩摩に捕えられたという噂を聞きました。四条河原で処刑されたのを見たという者もおりましたが、鳥羽伏見のどさくさで、事実かどうかは分かりません。建白書を出された時から、少しでも会津が新式銃を仕入れていればと思います。長州には(優良な鉄を精製するための)反射炉さえ建設されているというのに、もどかしいことです。」

鳥羽伏見の戦を経験した直正にとって、会津の兵器は余りに貧相で心もとない。

「はは……ぼやくな、直正。今更愚痴っても仕方がない。我らにあるのは誇り高い会津武士の魂だけだ。少しでも修理できるものは直して使おう。この際、鉄砲の撃てるものなら上士でなくとも構わぬ。集めてくれないか?」
「はい。白虎隊に配属された者の中にも数人、銃の扱いに慣れた者がいます。彼らに銃を持たせて殿の警護に付けましょう。」
「そうか。それはいい。殿のお傍に居れば、若い者たちが前線に出る事は無いだろうからな。ご重役とて、出来るだけ白虎隊は前線に出したくはないのだ。若者はこれからの会津を支える宝だからな。無駄死をさせたくはない。」
「全く同感です。」

会津藩士は、愛する故国を守るため皆必死だった。
鉄砲隊を率いる直正も、大砲隊の面々と地図を広げて軍議を開き、持てる知識を総動員して会津を救う道を探った。
白虎隊も同じだった。少年達は、戦場に出ることを本気で願った。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)

いよいよ戦争が避けられない状況になってきました。(´;ω;`)
健気な白虎隊の秘話など、書きたい話は多々ありますが、すっ飛ばして直正と一衛の話を書きたいと思います。
これから、籠城に突入します。(`・ω・´)    此花咲耶


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