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終(つい)の花 45 

会津藩も、討幕の奔流の中で木の葉のように揉まれながらも、この日まで何もせず手をこまねいていたわけではない。
蛤御門の変で、会津と共に手を取り合って宮城を守った薩摩の寝返りに、まるきり気付かぬわけではなかった。
洛内に増える無頼浪士の中に、薩摩言葉を話すものが増えて来ていたし、会津藩士に喧嘩を吹っ掛けるものが増えていたからだ。
先日、直正が追った無頼漢も薩摩屋敷に逃げ込んだし、江戸でも薩摩藩の狼藉は頻繁に起きていると知らせが届いていた。
一触即発の事態に、会津は藩主の下知通り必死に刀を納め、戦にならぬようひたすら耐えていた。
しかし懸命に抑え続けた幕府側の武士の中から、ついに江戸の庄内藩士が耐えきれず薩摩藩邸に焼き討ちをかける。

その時焼かれた薩摩藩邸では、家財も武器もめぼしいものは、いち早く停泊中の軍艦に運び出され被害はほとんどなかったと言われている。
藩邸を襲われた後は、すぐに予定通り武力を用い、一気に討幕に打って出る手筈は整っていた。
策を弄した西郷、大久保ら、薩摩藩の下級武士らは、江戸の薩摩邸が焼き討ちを受けたと聞き、喝采を叫んだ。

「よし。これで戦の手筈は整いもうした。先に手を出したのは、幕府方だ。反撃する。」

攻撃する正当な理由をつけるために、これまで散々に卑劣な手を使い幕府方を煽って来たのだ。

「容赦するな。蛤御門の敵討ちだ。今度こそ玉(不敬にも彼らは帝の事をこう呼んだ)はわが手にある。憎き会津に目にもの見せてくれる。」

水面下で薩摩と手を結んだ長州は、会津と幕府から受けた仕打ちを忘れてはいなかった。

「おのれ!薩摩!」

江戸から届いた薩摩藩焼き討ちの件は、大阪にいた将軍慶喜に激怒させるのに十分だった。
慶喜はすぐさま大阪城に控えていた容保と、桑名藩主と協議し薩摩藩弾劾を決議する。
慶喜は「討薩の表」を奉じて、幕兵を入京させるよう命じた。
大阪城に詰めていた会津藩、桑名藩は共に先鋒として、鳥羽伏見街道へと出兵する。

反して、同じころ薩摩長州が年若い帝の名で発した勅命がある。
偽勅ではあったが、それには慶喜の恐れる「討幕」の二字が踊っていた。
そしてついに、錦旗があがる。
鳥羽伏見の戦いが始まった。

*****

大阪城から出陣した会津兵と桑名兵は、諸藩のどこよりも早く京へと向かった。
伏見関門では、幕兵の入京を拒んだ薩摩藩の発砲を受け、ついに鳥羽伏見の戦いの火ぶたが切って落とされた。

「この上は、応戦すべし!」

一衛の父をはじめ、会津兵の多くは先祖伝来の甲冑をつけ、武士の魂の宿る槍と刀で奮闘した。
古式ゆかしい戦術は時代遅れで、会津と新撰組以外の幕兵はほとんど役に立たなかった。街道は狭く、左右前方の敵に挟み撃ちにされる格好で、槍を構えた大隊が為すすべもなく、根腐れした朽木のようにばたばたと倒されてゆく。
慌てて槍歩兵を下げ、鉄砲隊を前面に押し出したが、こちらは旧式銃のため一発撃っては弾込めに下がらねばならなかった。
対する薩摩藩と長州藩は連発式の新式銃を手に入れ、誰の目にも兵器の差は歴然としていた。会津は持てる兵器で懸命に応戦したが、驚きを隠せなかった。

「あいつら、いつの間にあんな銃を手に入れたんだ?薩摩の鉄砲は桁違いの威力だ。こちらの倍の飛距離は飛んでいるんじゃないか?くそっ、こっちは向こうの陣まで弾が届かねぇってのに。」
「名乗りも上げずに発砲するとは、武士の風上にも置けない卑怯な所業だ。先祖代々続いた長槍の餌食にしてくれる。」
「相手が立ち会わないんじゃ長槍も刀も役に立たない。今は槍を入れずに(突撃のこと)引けっ。引けっ!」
「援軍はどうなっているんだ?彦根は?」
「後詰の彦根藩が裏切って、背後から撃ちかけてきたそうだ。」
「おのれっ。御恩も忘れて、幕府に仕える重鎮までが寝返ったか……」

それぞれに前線で戦う者たちの憤まんは口を付いたが、容赦なく弾丸は雨あられの如く陣営に降り注いだ。




本日もお読みいただきありがとうございます。(`・ω・´)
ついに鳥羽伏見の戦いが始まりました。
誇り高い会津兵は、初めての敗戦に動揺します。以前共に戦った薩摩藩は、たもとを分かち、長州と手を結びました。
西洋式の新兵器を手に入れた二藩と、古い武器しか持たない会津。
(´;ω;`)……勝てるわけないじゃん……(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚切なくなってしまいます。  此花咲耶



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