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終(つい)の花 43 

直正は叔父と二人で、固く閉じられた薩摩屋敷の門前にいた。
暴徒と化した薩摩藩士が、江戸だけではなく京でも狼藉を繰り返し、口々に会津を罵っていた。
中には出自の知れない雇われた浪人者もいるようで、故郷訛りも違っていた。

「腰抜けめ!それでもうぬらは武士か!出てきて立ち会えっ!」

直正は固く閉ざされた門前で叫んでいた。
扉の向こうから手が出せまいと、複数の高笑いが聞こえた。

「おのれ!この芋侍めが……!」
「落ち着け、直正。それでは相手の思うつぼだぞ。」

暴挙を繰り返す無頼漢を追い詰めれば、必ず薩摩屋敷に逃げ込んだ。
門を閉めてしまえば、中は治外法権となり他藩の者は一切手出しができないのをわかっていての所業だった。
薩摩藩士は江戸と京で同じような暴挙に出ている。以前に共に手を組み、長州藩を蛤御門から征討した薩摩藩が、いつの間にか武闘攘夷派に転じているのを会津藩は気づくのが遅れた。生真面目な会津は、薩摩藩の裏切りを信じられなかった。
薩摩の西郷は業を煮やした幕府側が、手を出すのを待っていた。
ぎりぎりと直正は奥歯を噛んだ。

「いいか、直正。それが奴らの手じゃ。こちらが抜刀するのを待って居るのだ。先に手を出せばそれが戦を仕掛ける理由になる。耐えろ。」
「なれど叔父上。この頃の薩摩の連中のやり口は、目に余ります。江戸表でも同じように乱暴狼藉を働いておるそうではありませぬか。」
「殿が耐えろと言われたのだから、我会津は耐えるほかあるまい。こちらには、何の非も落ち度もないのだから、胸を張れとおっしゃっておられた。いつかは存分に腕を振るえる日も来よう。その時まで気長に待つのだ。上様もくれぐれも軽挙はならぬと仰せになっておる。」

その言葉に直正はむっとした。

「叔父上。お言葉ではございますが、直正は殿のご下命にはいかようにも従いますが、徳川宗家の家来ではございません。二心公の移り気には、我らは正直嫌気がさしております。」
「はは……若い者は素直で良いな。なぁに、会津公が正しいのは誰の目にも明らかだ。殿の御言葉大事にしておれば、努々(ゆめゆめ)心配する事は無いさ。な?」
「はい。」

ふっと、直正に向けた優しい目が細くなる。
京都で合流して以来、一衛の父と共に出かけたのは久しぶりだった。
市内が不穏なため、交代で見回り回数を増やしているため、藩士のほとんどが休みなど取れないでいた。
たまたま重なった非番の日に、叔父が妻に櫛を求めようとした商家の前で、乱暴を働く無頼漢を見つけ、二人でここまで追って来たのだった。付近には見て見ぬをふりをする他藩の者もいたが、京都守護職の配下として二人には見過ごす事などできなかった。

「もう、幾度目になりましょう。直正の堪忍袋の緒は切れかかっております。あやつらのせいで、わたしは見回りが増え、国許に文も送れていないのです。一衛がきっと心配しています。」
「なんだ、おぬしの不満は一衛に文を送れないことなのか。」
「いけませんか?わたしには薩長よりも一衛のほうが、はるかに大事ですよ。」
「いや、ありがたいと思う。親のわたしよりも一衛を案じてくれるとは、相変わらず直正は良い兄分だ。だが家族はいっそ国許にいる方が安心だ。京の町は不穏になる一方だからな。そうは思わぬか?」
「そうですね。一衛がここに居たら、わたしは心配でお役目どころじゃなくなってしまいそうですし。」
「どこまでも甘いのう。だがな、まだ子供とはいえ、あれも会津の子供だ。日新館で懸命に精を出して居ると思うぞ?」
「それはそうなのでしょうけれど。……しかし、そうなると今度は寂しい心持がいたします。わたしは素直に慕ってくれる一衛が、可愛くてならないのですから。」
「困った甥御どのだな。一衛が女子なら、いっそ嫁に貰ってくれと頭を下げるところだ。どうだ?幸い一衛は妻に似て女顔だから、考えてみては。」
「どうだと言われましても……それでは、一衛が白無垢ということに……?」
「ばか、冗談だ。」
「しかしどう考えても、わたしが綿帽子を被るわけには。」
「真剣に悩むやつがあるか。どこまでも生真面目な奴だな。」

声を上げて叔父は笑った。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

一衛の父上との、なごむ会話です。
まるで冗談の通じない直正です。 此花咲耶

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