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終(つい)の花 42 

「殿の御病気はどうなのだろう。わたしは先生からお咳が止まらないと聞いた。」
「心配だな。なぁ一衛、直正さまから殿の御様子を知らせる文はないのか?」
「うん……ずっと文はないんだ。きっと直さまもお忙しくて、文を書くような時間は取れないのだと思う。」
「そうだな。帝がお亡くなりになったそうだしな。」
「それに殿が御病気の時は、警護の直正さまはそんな悠長なことは言っていられないな。」
「寂しくとも我慢するのだぞ、一衛。」
「わかっている。そのような女々しいことは口が裂けても言わぬ。殿が第一だ。」

それからしばらくして、朝夕、直正が願を掛けた神社に、藩主の本復と直正の無事を祈る一衛の姿が有った。

「殿の御病気が、1日も早くよくなりますように。」
「直さまと父上が、ご無事にお帰りになりますように。」

小さくため息をついて、西の空を見上げる一衛の足元には、何度も往復して置いた願掛けの小石があった。
上気した横顔は、細い鼻梁が高く大人びて見える。
直正と別れた時よりも僅かに背も伸びていた。鏡に映る前髪の姿は、少女のように華奢でいつも一衛を嘆かせたが、芯は強く、もう何もできずに涙を浮かべる童ではなかった。
直正のような立派な会津武士になるのだという思いが、一衛を支えていた。

「直さまはお元気なのかなぁ。母上は便りの無いのは元気な証拠というけれど……もう、3か月も文が届かない……。直さま……どうか、ご無事で。神さま……直さまをお守りください。」

この空の先に、直正がいる。
一衛は直正に預かった印籠を握り締めた。
一衛の想像通り、側に仕える直正には一衛に文を書く暇がなかった。
京では復権を許された長州藩がじわじわと勢力を伸ばし、再び尊皇攘夷派が台頭しようとしている。

高い空を、鳶が弧を描いて舞う。

「いいなぁ。わたしにも羽根が有ったなら、直さまの所に行けるのに。」

「直さま~!」

*****

容保一時帰国への切願は、一度は許されたものの虚しく空手形で終わった。
幕府の重臣、板倉は個人的には孝明天皇が崩御した今、容保を会津に返すのは仕方がないと考えていたが、肝心の慶喜が首を縦に振らなかった。
この二心(にしん)公と呼ばれる移り気な男は、幕府に忠誠を尽くす容保を離したがらなかった。

帝が薨去して以来、長州藩の手は朝廷深くに入り込み、追放された公家達はじわじわと薩摩にすり寄り再び力を得ようとしている。
まだ16歳と幼く何もわからない新しい帝は、周囲の言葉を鵜呑みにし、即位した後には大赦と称し多くの政治犯の罪を免じている。
その中には、長州に落ちて行った岩倉、三条等、強硬な討幕派の公家の名もあった。

会津が苦労して捕縛した無頼漢を野に放つばかりか、覇権を手中にするため画策する者達の手によって、朝廷を疑うことを知らない会津は、思いもよらぬ逆臣の烙印を押されようとしていた。
誰よりも容保の心中を理解してくれた孝明天皇を失ったことが、会津の悲劇の始まりだった。

今や怒涛となった討幕の流れの中で、土佐藩の後藤象二郎の建議により、大政奉還の説明を受けた会津藩は承諾する。
将軍慶喜が、自ら将軍職を辞し政権を朝廷に返上したいと決意したときも、容保はこれに賛同している。
律義な容保の胸の中には常に家訓が有り、幕府への忠誠はゆるぎなかった。
朝廷の方でも大政を奉還された後も、いきなり政務をとるのではなく、諸藩が上京するまではこれまで通りにするようにと沙汰を出した。
弱体化した幕府の棟梁にとっては、征夷大将軍の名を辞することよりも、徳川家の領地を安堵する方が大切だった。
会津は徳川宗家に従い恭順した。
周囲が目まぐるしく変わってゆく中、変わらないのは生真面目な会津藩だけだった。




本日もお読みいただきありがとうございます。

あげるのが遅くなってしまいました。(´;ω;`)すまぬ~
銃とか調べてたら、時間が過ぎてました。ごめんね。


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