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終(つい)の花 40 

御殿医の見立てで、帝がそれほど重篤な状態ではないと知り、容保は安堵した。
しばらく別室に控えていたが、その場から立ち去ろうとはしなかった。
看病している女御が、帝の言葉を伝えた。

「主上が御身を御心配あそばしまして、肥後守はもう屋敷に帰ったかとお尋ねでござります。どう奏上いたしましょうか?」
「御容態は落ち着いておられますか?」
「はい。御典医さまが膿を出すお薬を差し上げました。お粥も少し、お召し上がりになりました。快方に向かっておられます。」
「では、ここにこうして控えておることは内密に。お召しが有ればいつでも参内すると言い置いて、肥後は帰ったとお伝えください。」
「では、そのように奏上仕りまする。」
「よしなにお願いいたします。」

衣擦れの音をさせた女御は、扇で顔を隠し、ちらりと青ざめた容保の顔を盗み見た。
この至誠の貴公子は、正座したまま微動だにしない。
帝を玉と呼び、意思無き者に祀り上げようと画策する他の者とは違い、心から帝を心配している様子を好ましく思った。
家臣は藩主の身を案じたが、容保は誰の意見も聞き入れず、病躯を押して容体が落ち着くまで3日余りも寝ずの番を続けた。

しかし、藩屋敷に容保が引き上げたのち、すぐに帝の病状が急変したとの知らせが来る。
ほんのわずかな間に、本復間近であったはずの帝は崩御した。

*****

現代になって、孝明天皇崩御に至る経緯や、実は他殺であったのではないかという噂は裏付けされつつある。
明治維新に入ってから謀略の裏を知り書き残した者が襲われ、重傷を負ったという事実もある。
女官が克明に記した闘病日誌、中川の宮の備忘録のような日記など、暗殺を推察できる材料はあったが、明治政府に邪魔をされ謀殺されたという記録はどこにもない。
歴史は勝てば官軍である。
維新政府にことごとく改ざんされても、誰も異を唱える者はいない。

容保と孝明天皇が願った公武一和の平和な世界の絵図は、孝明天皇がいなくなって、儚く霧散した。
発病以来、僅か10日余りでの孝明天皇崩御。
朝廷と幕府が何とか保っていた平衡が、一気に崩れ始めた瞬間だった。
容体急変を聞いた容保は、絶句している。

「主上……っ!」

御陵に葬送される孝明天皇の棺に、容保は家臣に支えられて歩いた。
衰弱しきっていて、とても一人で歩けるような状態ではなかった。
棺に取りすがり泣きたかったが、そのようなことはできなかった。
一歩一歩が重く虚しく、地を歩く心持もしなかった。守護職の重荷にあえぐ容保の心中を慮ってくれた心優しき帝はもういない。

体の弱い容保に、お花畑(御所の中)まで駕籠で来るようにと、特例をもって労りの沙汰を出した孝明天皇。
儀式は滞りなく行われたが、京都での支えを失った容保の心は虚ろだった。

「一人になさいますなと、申しあげましたのに……」

『肥後……』

ふと、耳朶に柔らかな声が聞こえた気がする。
初めて対面した折には、能面のような血の気の無い表情で自分を見つめた帝が、次第に心を開きそう呼ぶようになった。

「田中さま。……殿に大事はございませんか?」

容保の警護に付いていた直正も葬列に加わって、末席に並列していた。
容保の顔色は青ざめているのではなく、すでに紙の色になっている。
家老にだけ聞こえるように、直正は背後から声を落として言葉を掛けた。

「ん、どうした?」
「殿のご様子が……お顔の色がすぐれませぬ。いかがいたしましょう。お薬湯を運んで参りましょうか。」
「いや、それには及ばぬ。直正、その方は目立たぬように列からゆっくりと離れて屋敷に駆け戻り、奥に床を延べて参れ。何とか気力で持ってはいるが、恐らく殿の意識は既に朦朧としておられるだろう。」
「はっ。すぐに医師も手配いたしまする。」
「頼む。早急にな。だが騒ぐなよ。」
「心得ております。」

急ぐ直正の背中が小さくなってゆくのを、家老は見つめた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

孝明天皇が崩御してしまいました。(´;ω;`) 「お元気になると信じていたのに……」
固い絆で結ばれていた孝明天皇と容保公は、確かに分かり合えていたと此花は思います……
家臣の肩にぶら下がるようにして、重い体を引きずって歩いた容保。そのあと、寝込んだのも事実のようです。
悲しいね……



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