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終(つい)の花 34 

直正はお傍近くに仕える田中と話をしている。

「やったな、直正。」
「はい。此度の件で、殿の名声が広く天下にとどろきました。長州の傍若無人ぶりを思えば、胸のすく思いがいたします。大砲を向けられた時には、生きた心地がいたしませんでしたが殿にもお怪我もなく何よりでした。」
「はは……直正は以前に殿はいささかお優しいゆえ、長州などに舐められるのだとか申して居ったな?今もその気持ちは変わらぬか?」
「これは……覚えておいででしたか。しかし、田中さま。言葉が過ぎましたが、殿が外見に似合わず激しいところがお有りなのは、皆知っております。いつ本気でお立ちになるか、待っていたまでの事。」
「うん。実はわしもそう思って居った。だが、だからこそ一度腹を決めた殿ほど頼もしい方はおらぬ。」
「われらが御主君でありますれば。」
「鼻が高いか?」
「はい。馬上の殿のお姿には、胸が高鳴りましてございます。」
「そうだのう。まことに凛々しい武者振りであった。だが、そちも昨夜から一睡もしておらぬのだろう。戻って戦支度を解け。まあ、高揚したその顔ではゆっくり休めまいがな。」
「田中さまこそ、ご無理はなさいますな。」

はは……と田中は声を上げた。

「こやつめ。わしを年より扱いしおったな?」
「滅相もございません。ご重役の方々も、同じように無理を重ねて参ったのです。会津の要に何かあっては我らが途方にくれまする。」

決して追従や媚などではないことは、普段の直正を知っていればわかる。
本心から年配者の心配をしていた。

「長い一日であったな。そちも配下に酒をふるまってやってくれ。」
「そういたします。」

無頼漢の取締りをしていても、他藩の藩士を裁くことが出来ず、温い町方に預けるしかなく悔しい思いをしてきた藩士たちも、溜飲を下げた。
どこまでも「寛仁」の心を持ち、攘夷派とも分かり合おうとした容保が、ついに腰を上げ薩摩と協力をし京都守護職としての名声を世間に轟かせた。
武骨な武士たちが、ささやかに酒を酌み交わし笑顔を浮かべた。
国許にも直ぐに快挙を知らせる早飛脚が送られた。
後に無情に賊軍と謗りを受ける会津は、この時、紛れもない官軍であった。

******

容保が京都守護職として奮闘しているその間、会津藩では全土が疲弊していた。
働き盛りの男たちを根こそぎ京へ派遣することで、労働力をそがれ、出生率も下がっている。
一家の大黒柱が長く留守をし、残された者たちの苦労も多かった。
藩兵一千人が一度に京都へ赴任し滞在する費用は莫大なもので、しかも新しく逗留する広い屋敷も構えねばならない。いつまでも仮住まいのままではいられなかった。
幕府は五万石を加増しているが、おびただしい金子が流れるように消えてゆく。

会津藩だけに科せられたとてつもなく重い負担は、国家老により何度も容保に注進され、容保もまた何度も幕府にお役返上を願ったが叶わなかった。
支えとなる大藩の大方が、幕府に背を向けているのも原因だった。
京都に来てから、時々寝付く病身の容保を家臣は懸命に支え、孝明天皇も忠誠の容保の病気平癒を祈祷するほど心を寄せた。
身を削るようにして至誠を尽くす容保が味わうこの後の悲劇を、誰が想像できただろうか。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
蛤御門の変のときは、薩摩藩は会津の味方でした。
でもこの後は、敵になってしまうのよね~……(´・ω・`)

今だけは一息ついた会津藩士なのでした。  此花咲耶

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