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終(つい)の花 33 

帝は何度も容保を参内させ、誰よりも心中をわかってくれた優しい青年に厚い信頼を寄せた。
深夜、人目を忍んで信用できる傍仕えの公家を呼び、心の内を吐露したご宸翰(手紙)を届けさせている。
密かに本心を打ち明けねばならぬほど、帝は心中ままならぬ思いを抱えていた。

しかし、帝が容保を頼みにするのは、長州藩とつながった近習にとっては、面白くなかった。
自分の意思を持ち始めた帝が思い通りに動く傀儡ではなくなったとき、邪魔になった。
彼等は勝手に帝を騙り偽勅を乱発し、邪魔な容保に勅使を送り、速やかに京から出て行けと伝えたりしている。
その日も、門前に牛車が現れた。

「これは……?」

鉄漿(おはぐろ)の公家が、扇を口元にあてた。

「これは、麿が会津さまへとお預かりして参りました。速やかに東帰せよと、帝の勅命であらせられます。」
「……勅命ならば、そうするしかありませぬな。」

微かに使いの者が汗をかいているのを、家老は見逃さなかった。
昨夜、いつまでも傍に居てくれ、頼みにしていると帝に言われたと、藩主から聞いたばかりだった。
切々と打ち明けた舌の根が乾かぬうちに、京の町から全軍を率いて出て行けと帝が言うはずはない。
さすがに、これはおかしいと気づいた家老は、時間を稼ぐために使いに来た公家を詰問している。
返答次第では、急ぎ宮中に出向き、親しい公家から事情を聴くつもりだった。

「さて、勅命ならば何を置いても、会津は国許へ帰らねばならぬが……。いささか中身に不審の儀がござるのでお尋ねしたい。使者殿。これは、まことに帝のお言葉でござろうか?」
「さよう。勅命にあらせられる。」
「これが、勅命といわれるか……はて?昨夜、殿は次回の参内の日を帝に御伝え申した。楽しみにしておられたお上が、舌の根も乾かぬうちに、いきなり全軍を率いて会津に帰れとは……この内容は、いささか腑に落ちませぬな。納得がいかぬゆえ、夜が明けたら殿に至急参内してご機嫌伺いをするように勧めて参ろう。それでよろしいか。」
「それは……困る……」
「何を困ることが有る?真実を明らかにするだけのことでござる。」
「い……や。帝は確か……午前中、御気分がすぐれぬと言って居られたから、お出向きになられても、お目に掛かれぬかもしれぬ……会津中将殿に無駄にご足労をお掛けしてはと思ったまでの事。」
「ほう。では直の事、まずはお見舞いに参上されるよう御伝えせねば。誰か、おるか。見舞いの品物を揃えねばならぬ。」
「……それは……」

ことごとく逃げ道を潰された使者は、顔色をなくしていた。

「実は……これは……帝直々のお言葉ではない。近くに仕える公達が帝がこうおっしゃられた故、会津公にそう伝えよと言ったもので……麿も……まことの所は、帝の御真意ではないのではないかと思う……。」

公家の額に、どっと脂汗が滲んでいた。

「解せませぬな。帝の勅命と言って届けられたものが、実は帝のものではないと言われるのか?では、これを書いた方はどなたですかな?」
「う……麿はそこまでは知らぬ。」
「近頃の朝廷では、帝のお言葉を、このように曲げて御伝えになられるのか?」
「いや……その……麿は、ただの使いゆえ……」
「しからば、これはどなたかが名をかたった偽勅。帝とは無縁のものでござるな!?」

激しい剣幕で詰め寄られ、しどろもどろになった公家の言葉に、「偽勅」を確信した会津藩は、これ以上の暴挙を捨てておけず行動に移す。
既に、会津では長州藩と繋がった公家の名もつかんでいた。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

意思のない人形のような帝ならば扱いやすしと、思った人たちがいました。
帝のことは陰で玉(ぎょく)と呼び、人間扱いしていなかったのです。
そこに現れた容保は、どれほど心強く見えたことでしょう……と思うのです。 此花咲耶

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