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終(つい)の花 16 

一衛の父は藩命を受け、その頃、蝦夷(現在の北海道)警備につき家を長く留守にしていた。
この後も、藩主の求めに応じて、京都に駐留する精鋭部隊の一員として参加する一衛の父は、もう二度と家族の暮らす故郷の地を踏む事は無い。
滅多に文も寄越さない父を、一衛は恋しく思っていたが口にする事は無かった。

「一衛。叔父上から、文は届くのか?」
「あい。父上は、しっかりとお役目に励んでいるから、母上を困らせないように一衛もがんばりなさいと、いつも同じ事を書いた文を寄越します。」
「叔父上らしいな。わたしの父上はお城勤めだけれど、一衛の父上は殿をお守りする警護役だからな。寂しくても、我慢しような。」
「……一衛は濱田の家の嫡男だから、父上が御留守の時はお爺さまと母上をお守りするのです……」

一衛は、遠く父の住む場所へ続く空を見上げた。
今は父の姿さえも朧げではっきりとしない。
それほど長い時間、一衛は父に会っていなかった。

会津の子供達は10歳になると上士以上の侍の身分のものは、日新館という藩校に通い、それより下のものは寺子屋や私塾などに通って藩校に通う準備をする。
子弟はひたすら勉学に励み、父母に孝養を尽くし、お国のために働くのだと教わった。
どれ程幼くとも会津に生まれた子供は、矜持を持ち自分の為すべきことを知っていた。
他国のものが、二、三歳の幼児が切腹の作法を知っているのを見て驚いたという話が有る。
就寝前に母の前で作法を繰り返し、自分のものにしていた。
父が藩の御用で家を長く留守にしても、小さな一衛も寂しいと不満を口にしなかった。

季節は巡り冬になった。
夕暮れにもなると、すでに風は冷たい。足元にも薄く雪が積もっている。
直正と友人達は、門のところでしょんぼりとうつむく少年を認めた。

「あ。一衛じゃないか?」

一衛は、今日も幼年組の者と、寺子屋で勉学に励んでいたはずだ。
何か有ったのかと、直正は駆け寄った。

「一衛!」
「直さま!…みなさま、お寒うございます。」

小さいながら一衛は、目上の者には教えどおり、お行儀良く挨拶をする。
会津の有名な「什の教え」は、幼い一衛にもその場に居る少年達にも、十分叩き込まれていた。

「寒くなったからわたしを待っていないで、丘隅先生の寺子屋が終わったら、お家にお帰りと言ってあっただろう?」

鼻の頭を赤くした一衛の頬はこわばって、すっかり冷たくなっていた。
どれほど待っていたものか、肩先に僅かに粉雪が積もっているのを払ってやりながら、ふうっと、直正はため息をついた。

「ほら。手がこんなに冷たくなってしまって、叔母上がおうちで心配して待っているよ。」

ほうっと吐く息は白く、一衛の小さな手を温かく包み込んだ。

「直さん、剣術の稽古はどうする?」

周囲にいるのは直正の同い年の朋輩で、皆でこれから自主的に剣術の練習をしようと武道場に向かうところだった。それぞれに皆、鍛錬は欠かさない。

「一衛を送ってから行くから、先に行ってくれ。」

友人を見送って、直正は一衛の冷え切った小さな手を握った。

「冷たい……風邪を引いたら大変だ。一衛は咽喉が弱いから風邪をこじらせたら、この前のように当分寝付くことになるよ。この前、お医師に貰った苦いお薬はつらかっただろう?」
「……あい……」

大好きな直正に叱られたのが悲しくて、一衛は涙ぐみ小さな声で返事をしたきり黙ってしまう。

「いいかい?怒っているんじゃないんだよ。一衛、わたしはね、一衛がお熱で苦しんでいるのがとてもかわいいそうで辛かったんだ。代わってあげたくとも、こればかりは出来ないことだからね。神仏に願を掛けても、一衛の熱は中々下がらなくて、直さんはとても心配したんだよ?一衛に何かあったら、悲しむ人がたくさんいる事を忘れてはいけないよ?」
「あい。」

一衛の頬を、滴が転がった。




本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)

お知らせしたとおり、三日続けて「雪うさぎ」の再掲になります。内容はほとんど変わりません。

(´・ω・`) 「……直さま……」
(`・ω・´) 「何があったか話してごらん。」
(´;ω;`) 「あのね……」
(。´・ω`)ノ(つд・`。)・゚+

甘い兄上ですね~。8歳下なので可愛くて仕方がないのです。
明日もお読みいただければうれしいです。 此花咲耶


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