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小説・約束・11 

頭をくしゃくしゃとされて、勝次は照れていた。
小作の中でも身体が不自由なせいで、一番小さな田んぼしか預からせてもらえない父を、こんな風に言って貰ったのは初めてだったのかもしれない。
勝次もお父さんのことが、大好きなんだ、きっと。
良平は父が若いときに、大使館で仕事をしていたことが有ると父の友人に聞いたことがあった。
米国人と付き合ったから、考え方が一風変わってるんだという者もいたが、いつしか話をするだけで、良平の父親はその日の内にそんな相手も感化してしまう。
刃物を懐に秘めた相手とも、平気で酒を酌み交わしてしまうような、不思議な魅力を持っていた。

「土地があるから、えらいんじゃないんだ。良平も、おぼえておくといい。世の中で一番大切なのは、土地じゃなくて人間の方なんだよ。」

佐藤の殿様と呼ばれている大地主のお爺様は、勝次の父ちゃんに給金を払っている。
普通、小作は年貢を納めるが、勝次の家の田は小さくて、米作りだけの収入だと暮らしが成り立たないのだ。
お爺様はやっぱり偉いんじゃないかな、と良平は思ったが、それ以上聞くのをやめた。
束ねた藁に腰掛けて空を見上げ、ふっとタバコをくゆらす父が悲しげに見えた。

「良平、もしかするとお父さんは、今度の戦地から帰ってこれないかもしれない・・・。」

「え?どういうこと、お父さん。お父さん?!」

思わず気色ばんで、強く父に詰め寄ったが父はいつものように軽くいなした。

「一瞬先は、闇夜の時代だからね。もし何かあったら、お爺様とお母さんを支えるのはおまえの役目だということだ。
いいね。」

後になって、その時どうしてもっと色々父と話をしておかなかったのかと、良平は悔やむことになる。
父との別れはすぐそこまで来ていた。
やがて何日かの休みを終えた父は、ゲートルを巻き軍服を着て軍医になった。
肌身につけた千人針は、村中の女達が総出で手を尽くしてくれた。
気休めと判っていても、人を思うそんな気持ちはうれしい。
駅のホームに立つ、斜めにたすきをかけた父の姿は凛々しかった。
召集令状を受け取って、入隊は済ませていたものの、田舎の親族達はそっと旅だたせてくれたりはしなかったのだ。
佐藤の家から、送り出したいと有力者にかけあった。

「お国のために、立派にご奉公して参ります。」

人々の万歳三唱の声に送られて、陸軍式の敬礼をする父は、再び入隊するために故郷から東に向かう。
それが良平の見た、元気な父の最後の姿だった・・・・


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