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終(つい)の花 4 

翌月、藩政見習いの為、松平容保は初めて会津入りしている。
直正の父と濱田家の叔父は、身支度を整え、家(か)中総出で行われる追鳥狩へと出発した。

追鳥狩とは、会津藩伝統の長沼流にのっとった作法で行われる、実際の戦さながらの大がかりな軍事演習のことである。
夕方4時から具足に身を固めた藩士が二手に分かれ、鶴ヶ城の追手門(表門)と搦手門(裏門)から出発する。
先陣が大野ケ原に到着すると合図の狼煙を上げ、これを滝沢峠船石で中継し城下に報せ、そのまま野営して朝を待った。
容保も戦支度をし、藩士たちと共にかがり火の下で夜の明けるのを待つ。
その姿は青い陣羽織を纏い、烏帽子を被って凛々しく白鉢巻を巻いたもので、美々しい貴公子振りであった。

やがて白々と夜が明けると法螺貝の音が開始を告げ、全軍があげる鬨(とき)の声と共に、演習が開始される。

夕刻、表に出て見送る直正に、父はふっと優しく破顔した。

「きっと、一番鳥の手柄を上げて見せるぞ。良い知らせを待てよ、直正。」
「はい、父上。首尾よく獲物を捕らえられますように、ご武運お祈りいたします。」
「では、行って参る。」
「行ってらっしゃいませ。」

父と叔父が揃って出かけるのを家族と共に見送ると、直正は踵を返し家ではなく隣へ走った。
二日前から、小さな一衛が熱を出したと聞いて胸を痛めていた。

「叔母上!叔母上。一衛の様子はいかがですか?お熱は下がりましたか?」
「ああ、直さま。……まだ下がりませぬ。感冒だとは思うのですけれど、どうやらこの子は咽喉が弱い質らしくて……。」

寝間の我子を見やった叔母は、数日の寝ずの看病で面やつれをしていた。
一衛は生まれつき呼吸器が弱く、免疫がある赤子にしては、よく高い熱を出す。
直正は上がり込むと、赤い一衛の顔と短く忙しない呼吸を認めた。
そっと、額に手を当ててみる。泣き声もか細く力がなかった。

「かわいそうに、一衛。……お熱が高いね。」
「わたくしの乳が余り出なくて、貰い乳に出かけたのが良くなかったのかもしれません。いつも来てくれていた方のご実家に御不幸があって、夜風が冷たくなった頃に一衛を連れ歩きましたから。」
「今日は?お乳は飲んだのですか?」
「飲ませると吐いてしまうので、重湯を少しずつあげているのです。でも、それだと栄養が足りないでしょうし……せめて熱だけでも下がってくれればよいのですが……。」
「お医師は何と?」
「赤子には大人に飲ませるような強い薬は処方できないと言われました。でも今頃、セリは生えていませんし、途方にくれまする。」
「セリ?七草粥に入っているセリですか?」
「ええ。赤子の熱には、柔らかいセリの若芽を搾った汁を飲ませると良いのです。直さまもややの時には飲んだはずです。わたくしも一衛に飲ませようと思い、下働きの壮太に遠くまで畔を探させましたが、時期が違うせいか見当たらなかったのです。」

直正はしばらく考えていたが、やがて明るい顔を向けた。

「叔母上。直正にお任せください。心当たりが有りますから、日が昇ったら捜しに参ります。」

次の日、直正は朝餉を取ると、誰にも告げず一目散に野を目指した。
冷たい湧水の脇には、きっと目指す野草が生えているはずだった。数か月前、直正は残る雪を掻き分けて、粥に入れるセリを探したのだ。
冷たい水の傍なら、まだ丈の短いまま、セリが枯草の下に息づいて春を待っているだろうと思った。

「一衛、苦しくても負けるなよ。直が必ずセリを届けてやるからな。」

熱が引かず、ぐったりとした一衛の赤い顔が浮かんだ。
直正は、低い枯草の下を懸命に探って回った。
わずかに見つかったが、緑の葉の多くは水仙や野蒜(のびる)で、セリは少ない。

「これでは足りないな。やはり、湿地の所へ行かなければ……」

その時、周囲に低い法螺貝の音が鳴り響いた。
いよいよ獲物が放たれ、大演習、追鳥狩が始まる。

「あっ!」

直正は蒼白になった。





本日もお読みいただきありがとうございます。
容保と言えば、孝明天皇に下賜された布でこしらえた赤い陣羽織が有名ですが(写真に残ってます)、多分それまではもう少し地味な色を使っていなかったかなと思って、追鳥狩でのイメージは青い陣羽織です。(`・ω・´)←ほんとは色々調べたけど、わからなかったの……

Σ( ̄口 ̄*) 「今の音は……!」
これから大変なことになりそうです。どうやら直正は必死にセリを探す余り、入ってはいけないところへ足を踏み入れてしまったようです。だいじょぶか……?   此花咲耶

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