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漂泊の青い玻璃 70 

渋谷は二杯目のコーヒーに口を付けた。

「琉生さんは、遅いですな。」
「そうですね。もうすぐだと思いますけど、待ちますか?」

思わず笑ってしまう。
この刑事は本当に琉生の帰りを待つ気でいるらしい。

「そう言えば、最近はテレビを見て居ますと、驚くほど刑事ドラマが多いですな。寺川さんはそういったものは見ますか?」
「仕事で毎日帰宅が遅いので、テレビはほとんど見ません。たまに映画をレンタルで借りたりはしますけど、どちらかというと本を読むほうが好きですよ。」
「そうですか。ドラマに描かれているのは、迷惑なこともありましてね。間違ったことも多いし、たまに世間……というか、一般に知らせたくないようなことをやっていたりもします。」
「知らせたくないことですか?」

渋谷の話は、興味深かった。

「例えば……密室殺人のトリック。あれは迷惑です。他にも偽装殺人とか、あれもいけません。偽装方法を延々と、細かく画面で図解説明するのですからな。」
「……そうですか。でも、まさかテレビでやっているような他愛のないものが、捜査の邪魔になったりするとは、ドラマを作った方も思ってないでしょうね。」
「勿論。大抵の犯人は、自分のやったことに動揺して平常心ではいられないものですから、完全犯罪などありえません。作り物の中には、あからさまな嘘が色々見えて現場目線で見て居ると、それは絶対ないだろうと笑ってしまうことも多いです。」
「渋谷さんは、刑事さんで裏を良くご存じだ。作っている方にしてみれば、余りありがたくない視聴者ですね。」
「しかしね、ほら、よく鑑識があちこち調べた後に、その辺の主婦が植え込みで思わぬ証拠品を見つけたりするでしょう?あれだけは無いですよ。日本の優秀な鑑識をばかにしています。」
「ふふっ……そう言えば、ここにも鑑識の方達が長い時間いらっしゃいましたね。粉を振ったり、写真を撮ったり、関係者なら目を皿にしてみていたと思います。」
「それが仕事とはいえ、赤の他人が長時間お邪魔して、おうちの人には酷でしたな。」
「そうですね。でも、あの時は悲しみよりも、予期せぬ驚きの方が大きかったですから、気にしている暇もありませんでした。」

その時、車のエンジン音がした。

「どうやら、お待ちかねの琉生が帰って来たようです。」
「おお、粘った甲斐が有りましたな。」

「尊兄ちゃん!ただいま~!」

飛びつくようにリビングに入ってきた琉生は、来客に驚いたように立ち止まり、渋谷とわかるとすぐに人懐こい笑みを浮かべた。

「いらっしゃい、刑事さん。コーヒーですか?」
「ええ、二杯目をご馳走になっています。この家のコーヒーは美味いですからな。」
「コーヒー位、いつでもどうぞ。ゆっくりして行ってください。」

自室に着替えに戻る琉生の髪は、短く整えられていた。

「印象が違うと思ったら、琉生さんは髪を短くされたんですな?……勿体無い。」

露骨に残念そうな顔をする渋谷に、尊は呆れた。

「そこの写真、琉生さんのお母さんですか。良く似ていますね。亡くなられた後……お父さんがショックを受けてアルコールに溺れたんでしたね。」
「ええ。父にとっては母が全てでしたから、なかなか受け入れられなかったんだと思います。」
「心が弱ったそこに、顔のよく似た琉生さんが居たら……ああ、立ち入りすぎました。」
「僕にはどんな話をしても構いませんよ、刑事さん。」

ふいに強くなった語気に、渋谷は慌てて話を止めようとした。

「でも、琉生に……弟にそんな馬鹿げた話はしないでください。両親を失って一番傷ついているのは繊細なあいつです。僕達は亡くなった母に弟を託されました。やっと元気になったところなんです。そういう無神経な話は、あいつが悲しみます。」

さすがに渋谷も頭を下げた。

「すみません。余りに不躾でしたな。全方向から物事を見る癖がついているので、時々相手を不快にさせてしまいます。」
「刑事さんは、ニーチェをご存知ですか?」
「ニーチェ?名前くらいは聞いた事が有りますが、それ以外は知りませんな。」
「有名な言葉です。怪物と戦う者は、その際自分が怪物にならぬように気をつけるがいい。長い間、深淵をのぞきこんでいると、深淵もまた、君をのぞきこむ……。」
「この頭では理解できませんが……意味深ですな。取り込まれるという意味ですか?」
「さあ、どうでしょうか。」

尊の顔は、もういつもの顔に戻っていた。
瞬間、肌を粟立てた渋谷はもう一度、頭を下げると寺川の家を後にした。

ふと、門を出る途中で何気なく振り返ると、リビングのカーテン越しに兄弟のシルエットが見えた。

背の高い影が手を伸ばし、もう一つの影が応えるとやがて影が一つになる。
渋谷はその場に凍りついた。

見てはならないものを見てしまったような気がする。

「寺川。それが深淵というやつなのか……?」





本日もお読みいただきありがとうございます。(〃゚∇゚〃)
遅くなりました。すみませぬ~(´・ω・`)


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